サイドブレーキをかけたままアクセルを踏んでしまうことは、誰もが一度は経験する可能性のある状況です。ただし、その瞬間に何が起きるのか、そして車にどのような影響を与えるのかを理解している人は意外と少ないのが現実です。
短距離(数メートルから数キロ程度)の走行であれば、多くの場合大きな問題にはなりません。この場合、サイドブレーキをかけたままの状態では、機械的な抵抗が発生し、アクセルを踏んでもエンジンの力がタイヤに十分に伝わらないため、車の加速が悪くなります。運転者はすぐに「いつもより加速が鈍い」と気づくはずです。
ただし、初期症状だからといって対応を怠ってはいけません。短距離であっても、走行後に必ず一度点検することをお勧めします。ブレーキシステムは精密な部品で構成されており、小さな異常が時間とともに大きなトラブルに発展する可能性があるからです。
サイドブレーキをかけたままで走行を続けると、最初に現れるのが加速不良と焦げ臭い匂いです。これらは非常に重要な警告信号です。加速不良が起きるのは、サイドブレーキの機械的な抵抗がエンジンの出力に対抗しているためです。通常の走行では気づかない微細な力が、継続的に後輪のブレーキシステムに加わり続けています。
焦げ臭い匂いの正体はブレーキパッドやブレーキシューの摩擦熱です。後輪のブレーキ部品が常に圧迫された状態が続くと、摩擦による熱が発生し、温度が急速に上昇します。この段階で感じられる焦げた匂いは、ブレーキシステムが限界に近づいていることを示す重要なサインです。
この段階で気づいて直ちにサイドブレーキを解除すれば、損傷の程度は限定的です。しかし、多くのドライバーは「少し匂うな」と気づきながらも走行を続けることがあります。これが大きな誤りなのです。焦げ臭い匂いがしたら、安全な場所に車を停め、すぐにサイドブレーキが引いたままになっていないか確認することが重要です。
最も危険な状況は、サイドブレーキをかけたまま数十キロメートル以上走行してしまうケースです。この距離に達すると、ブレーキシステム全体が極度の熱にさらされ、深刻な機械的損傷が発生します。
ブレーキフルードは一般的に200℃を超えると沸騰を始めます。サイドブレーキをかけたまま走行することで、ブレーキ部分の温度が300℃以上に達することもあります。この極度の高温によって、ブレーキフルードが気化してしまう「ベーパーロック現象」が発生します。ベーパーロック現象では、ブレーキフルード内に気泡が生じ、ブレーキペダルを踏んでも液圧が伝わらなくなってしまいます。つまり、通常のブレーキが全く効かない状態に陥る可能性があるのです。
さらに、高温によってブレーキシューやパッドは急速に劣化します。ブレーキシューが完全に磨耗してしまうと、金属同士が直接接触し、さらなる焼損や破損が生じます。後輪タイヤ付近は極めて危険な高温になり、素手では触れない状態となります。この状態で走行を続けると、最悪の場合は火災が発生する可能性すら存在します。
また、フェード現象という別の危険な現象も同時に発生します。フェード現象とは、ブレーキの過度な加熱により、摩擦係数が低下して制動力が著しく減少する現象です。この状態では、ブレーキペダルを踏んでも車が思うように減速しなくなります。
■ ブレーキシステムが高温になると起こる現象。
・ベーパーロック:ブレーキフルードが沸騰して気泡が生じ、制動力が失われる
・フェード現象:摩擦係数が低下し、ブレーキの効きが劇的に悪くなる
・ブレーキシュー焼損:ブレーキシューが完全に破壊される可能性
・後輪タイヤ付近の異常な高温化
サイドブレーキをかけたまま走行してしまった場合の修理内容は、走行距離によって大きく異なります。この点を理解することで、早期発見と対応の重要性が明確になります。
短距離(数キロ程度)の場合、修理は点検で終わることが多いです。専門の整備士が診断ツールでブレーキシステム全体をチェックし、問題がなければ追加の作業は必要ありません。修理費用は数千円程度の診断料に留まることがほとんどです。
しかし、走行距離が増えるにつれて、修理費用は急速に高くなります。数十キロ走行した場合、ブレーキシューやパッドの交換が必要になります。後輪のブレーキシュー交換費用は、車種によって異なりますが、通常3万円から8万円程度かかります。さらに、ブレーキドラムやローターの研磨や交換が必要になれば、追加で1万円から5万円の費用が発生することもあります。
ブレーキフルードまで損傷を受けた場合は、ブレーキフルードの完全交換が必要になり、これに数千円から1万円程度の費用が加わります。最悪の場合、ブレーキキャリパーやホイールシリンダーの交換が必要になり、修理総額は10万円を超えることもあります。
これらの修理費用は、早期発見によって大きく削減できます。焦げ臭い匂いや加速不良に気づいた時点で、直ちに点検に出すことが、経済的な損失を最小限に抑えるための重要なポイントなのです。
万が一、サイドブレーキをかけたままアクセルを踏んでしまった場合、正しい対処法を知ることは非常に重要です。落ち着いて、適切なステップに従って対応することで、車へのダメージを最小限に抑えることができます。
まず最初に、直ちにアクセルから足を離し、ブレーキペダルで車を停止させます。この時、焦らずに落ち着いて対応することが大切です。急ブレーキをかけると、さらなる問題が発生する可能性があるため、通常通りのブレーキ操作を行います。
次に、安全な場所に車を停めてから、サイドブレーキが本当に引いたままになっているかを確認します。マニュアルのレバー式の場合は目視で確認が容易ですが、足踏み式の場合も、特定の位置を確認することで分かります。最近の電動式パーキングブレーキの場合は、インジケーターで状態を確認できます。
焦げ臭い匂いがしている場合は、直ちに走行を中止し、速度が出ていない場合でも最寄りの整備工場に連絡して点検を受けることをお勧めします。リアタイヤ付近が高温になっている可能性があるため、素手で触れてはいけません。熱を冷ます目的で水をかけることも避けた方が良いです。急速な温度低下により、ブレーキローターが変形することがあるからです。自然に冷めるのを待つのが最適な方法です。
短距離で気づいた場合でも、軽く考えずに必ず一度専門家に点検してもらうことをお勧めします。細かい異常が隠れている可能性があり、後々大きなトラブルに発展する可能性があるからです。
■ サイドブレーキをかけたまま走行した時の対応手順。
自動車業界では、このような不測の事態を回避するため、テクノロジーの進化を活かした新しいシステムが普及しつつあります。その代表が「電動パーキングブレーキ(EPB:Electronic Parking Brake)」です。この最新技術が、どのようにしてサイドブレーキをかけたまま走行するという危険な状況を防ぐのかを理解することは重要です。
従来の機械式パーキングブレーキ(レバー式や足踏み式)では、ドライバーが意図的に解除しない限り、引いたままの状態が続きます。しかし電動式パーキングブレーキは、コンピュータによって制御されるため、複数の安全機能を備えています。
最も重要な機能は「オート解除機能」です。これは、ドライバーがDレンジやRレンジを選択してアクセルペダルを踏むと、自動的にパーキングブレーキが解除される仕組みです。これにより、解除し忘れによるサイドブレーキをかけたままアクセルを踏むというトラブルが、ほぼ完全に防止されます。
さらに進んだシステムでは、エンジン始動時に自動的にパーキングブレーキがかかり、停止時に自動的に解除される「オートホールド機能」が搭載されています。このシステムなら、ドライバーの操作ミスはほぼ発生しなくなります。
ただし、電動パーキングブレーキにも注意点があります。バッテリーが上がった場合、電動式パーキングブレーキが解除できなくなる可能性があります。また、まれにシステムの誤作動が起こることもあります。そのため、ユーザーマニュアルを必ず確認し、自分の車のシステムについて正しく理解することが大切です。オート解除に完全に頼るのではなく、基本的な確認習慣も並行して実践することが重要です。
従来の機械式パーキングブレーキを採用している車に乗っている場合は、出発前と走行中に、サイドブレーキが完全に解除されているかの確認を習慣化することが不可欠です。この小さな確認作業が、大きなトラブルを防ぐための最も確実な方法なのです。
参考資料。
【危険・要注意】サイドブレーキを引いたまま走行すると故障する? - car-moby
上記記事では、サイドブレーキ引いたままの走行がもたらすブレーキシステム全体への悪影響、ベーパーロック現象とフェード現象の詳細、そして適切な対処方法について詳しく解説されています。
サイドブレーキはいつ使う?意外と知らない正しい使い方と注意点 - ナオイオート
このサイトではサイドブレーキの構造的な種類(ドラム式・インナードラム式・ディス式)、Pレンジだけでは不十分な理由、そして最新の電動パーキングブレーキについて、初心者にもわかりやすく説明されています。