フェード現象とベーパーロック現象は、どちらもブレーキが効かなくなる危険な現象です。2022年に静岡県で発生した観光バスの横転事故では、フェード現象が原因で1人が死亡し、多数の負傷者を出しました。これらの現象は特に長い下り坂でフットブレーキを連続使用することで発生しやすく、大型車両では摩擦熱が発生しやすいため特に注意が必要です。
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フェード現象は英語の「fade(衰える・消えていく)」が語源で、ブレーキパッドが過熱して摩擦力が徐々に低下していく現象を指します。一方、ベーパーロック現象は「vapor(蒸気)」が語源で、ブレーキフルードが沸騰して気泡が発生し、油圧の伝達が阻害される現象です。どちらもフットブレーキの多用による過熱が共通の原因ですが、問題が起こる部品と仕組みが異なります。
参考)https://www.zurich.co.jp/carlife/cc-vaporlock-fade/
日本では過去にも複数の重大事故が発生しており、2013年の大分県での大型観光バス路外転落事故もフェード現象が原因と判断されています。特に観光バスやトラックなど、大量の荷物や人を運ぶ車両では、車両重量が大きいため摩擦熱が発生しやすく、より深刻な事態になりやすいのが特徴です。
フェード現象は、ブレーキパッドの過熱により摩擦材が熱分解してガスが発生することが原因です。フットブレーキを何度も使用すると、ブレーキパッドとブレーキローター間の摩擦により高温になり、摩擦材に含まれるゴムや樹脂が耐熱温度を超えて熱分解されます。この熱分解で発生したガスがブレーキローターとブレーキパッドの間に膜状に挟まることで、摩擦力が大幅に減少し、ブレーキの効きが悪くなります。
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特にドラムブレーキを使用している車両では、放熱性が悪いという構造上の特徴があるため、ディスクブレーキに比べてフェード現象が起きやすい傾向があります。2022年の静岡県の事故では、事故を起こしたバスのフットブレーキで使われていたドラム式部分に焼けた跡が確認されています。ブレーキパッドが過熱すると、摩擦材の表面温度が400℃を超えることもあり、この高温状態が持続すると摩擦係数が著しく低下します。
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フェード現象が起こりやすい状況として、峠道や山道での走行、長い下り坂の走行、渋滞中の走行が挙げられます。特に峠道では入り組んだカーブが連続するため、フットブレーキを頻繁に使用せざるを得ません。また、長い下り坂では車両の重さによってブレーキに負担がかかり続け、摩擦熱が蓄積しやすくなります。
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ベーパーロック現象は、ブレーキフルード(ブレーキ液)が沸騰して気泡が発生することで起こります。フットブレーキを多用すると、摩擦熱がブレーキフルードに伝わり、ブレーキフルードが200℃前後で沸騰を始めます。この沸騰により発生した気泡が、ブレーキペダルから伝わる油圧を吸収してしまい、制動力がブレーキに伝わらなくなります。
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通常のブレーキ操作では、ブレーキフルードがこれほど高温になることはありませんが、高速走行時の急ブレーキや長時間のブレーキ使用、短時間で繰り返しブレーキを使用すると、200℃前後に達する可能性があります。ベーパーロック現象が起こると、ブレーキペダルを踏んでも「フワフワ」とした感覚があり、踏み込んだときの反力がなくなります。
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ブレーキフルードは吸湿性が高く、経年劣化により空気中の水分を吸収する特性があります。水分を吸収したブレーキフルードは沸点が下がってしまい、より低い温度で沸騰しやすくなります。例えば、新品のブレーキフルードの沸点が約230℃であっても、水分を3%吸収すると沸点が約160℃まで低下することがあります。このため、ブレーキフルードの定期的な交換がベーパーロック現象の予防に不可欠です。
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フェード現象とベーパーロック現象の最も大きな違いは、フェード現象が摩擦材の発熱により起こるのに対し、ベーパーロック現象はブレーキフルードの沸騰により起こるという点です。フェード現象ではブレーキパッドとブレーキローターの間にガスが挟まることで摩擦力が低下しますが、ベーパーロック現象では油圧系内部の気泡が油圧の伝達を阻害します。
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症状の現れ方にも違いがあり、フェード現象ではブレーキの効きが徐々に悪くなっていくのに対し、ベーパーロック現象では突然ブレーキが「抜けた」状態になります。ブレーキペダルの感触も異なり、フェード現象では通常通りペダルを踏めるものの制動力が弱くなりますが、ベーパーロック現象ではペダルがフワフワして踏み込める深さが一定でなくなります。
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もう一つの重要な違いは、回復のしやすさです。フェード現象の場合、ブレーキを冷却すれば摩擦材の温度が下がり、制動力が回復することがあります。しかし、ベーパーロック現象では、一度気泡が発生するとブレーキフルード内にエアーが残り、完全に回復することは難しく、再発の可能性が高いため、必ず専門店での点検が必要です。
項目 | フェード現象 | ベーパーロック現象 |
---|---|---|
原因部品 | ブレーキパッド(摩擦材) | ブレーキフルード(ブレーキ液) |
発生メカニズム | 摩擦材の熱分解によるガス発生 | ブレーキ液の沸騰による気泡発生 |
症状の現れ方 | 徐々にブレーキが効かなくなる | 突然ブレーキが抜ける |
ペダルの感触 | 通常通り踏めるが効きが弱い | フワフワして踏み込みが不安定 |
冷却後の回復 | 回復する可能性がある | 完全回復は困難 |
フェード現象とベーパーロック現象には、発生前にいくつかの前兆症状があります。最も分かりやすい前兆は、ブレーキの効きが悪くなることです。通常よりもブレーキペダルを強く踏まないと減速できない、あるいは制動距離が長くなったと感じた場合は注意が必要です。
ブレーキから異臭がするのも重要な前兆です。ブレーキパッドやブレーキローターが過熱すると、焦げたような独特の臭いが発生します。この臭いを感じたら、ブレーキが高温になっている証拠なので、できるだけ早く安全な場所に停車してブレーキを冷やす必要があります。
ベーパーロック現象に特有の前兆として、ブレーキペダルを同じ強さで何度か踏んだときに、毎回同じ深さに踏み込めないことや、ペダルにフワフワとした感覚があることが挙げられます。これはブレーキフルード内に気泡が混入し始めている兆候です。このような症状が見られたら、すぐに車を休ませてエンジンを冷やし、なるべく早くプロの点検を受けることが大切です。
フェード現象やベーパーロック現象が発生した場合、最も重要なのは慌てずにエンジンブレーキを使用して減速することです。まずはアクセルペダルから足を離し、ギアを少しずつ下げながらエンジンブレーキで徐々に速度を落とします。AT車の場合は、DレンジからL(ロー)レンジやS(スポーツ)レンジなど、より低速のギアに切り替えます。
十分にスピードが下がったら、サイドブレーキ(パーキングブレーキ)をゆっくりと引いて停車します。このとき、急激にサイドブレーキをかけると後輪がロックして車両が不安定になる可能性があるため、少しずつ引くことが重要です。大型トラックの場合は、補助ブレーキ(排気ガスブレーキやリターダー)を使用することも有効です。
停車後は、ブレーキを冷やすことが必要です。近くに停車スペースがあれば停車して、ブレーキが冷えるまで60分程度待ちます。注意すべきは、過熱したブレーキに直接水をかけないことです。急激な温度変化によりブレーキローターが割れる可能性があるため、自然冷却が原則です。フェード現象の場合はブレーキが冷えると制動力が回復することもありますが、ベーパーロック現象の場合は完全に回復しないため、いずれにしても販売店やディーラーで必ず点検を受けてください。
自動車のブレーキには、主にフットブレーキとエンジンブレーキの2種類があります。フットブレーキは、ブレーキペダルを踏むことでタイヤの回転を制御し、減速する仕組みです。最も一般的な油圧式ブレーキでは、ドライバーがブレーキペダルを踏んだ力が、ブレーキフルードという液体で満たされた配管を通って伝わります。
ブレーキの構造には、ドラムブレーキとディスクブレーキの2種類があります。ドラムブレーキは、車輪の内側につけられたドラム内部に「ブレーキシュー」を押し付けて回転を止めるシステムです。一方、ディスクブレーキは、ブレーキローターという円盤状の部品を、ブレーキパッドが両側から挟み込むことで制動力を発生させます。
エンジンブレーキは、アクセルペダルから足を離したときに、エンジン内の抵抗が増えることにより発生する減速力です。エンジンブレーキという部品は存在せず、エンジンの回転抵抗を利用した減速方法のため、ブレーキランプは点灯しません。長い下り坂や峠道では、エンジンブレーキを主体的に使用し、フットブレーキは補助的に使うことで、フェード現象やベーパーロック現象の予防に効果的です。
ブレーキフルードは、ブレーキペダルからの油圧をブレーキ装置に伝える重要な液体です。最も注意すべき特性は、ブレーキフルードが吸湿性が高いということです。走行時と停車時の温度差によって生じた水滴がブレーキ管の中に入ってしまったり、ブレーキフルードを交換するときに誤って水気が入ってしまったりすると、その水分を吸収してしまいます。
ブレーキフルードに水分が混入すると、沸点が大幅に下がります。新品のブレーキフルードの沸点は約230℃ですが、水分を吸収すると沸点が160℃程度まで低下することがあり、ベーパーロック現象を起こす確率が格段に上がります。劣化するにつれ、液の色が正常な飴色から茶色がかった色に変わっていくため、定期的に確認することが重要です。
ブレーキフルードの交換時期は、一般的に2年に1回程度が推奨されています。最も一般的なタイミングは、車検の時期に合わせて交換することです。また、ブレーキパッドを交換するときにブレーキフルードも一緒に交換するのも適切なタイミングといえます。ボンネットを開けるとリザーバタンクにブレーキフルードが入っており、容易に確認できるので、定期的に液量と液の色をチェックしましょう。
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フェード現象とベーパーロック現象を予防する最も効果的な方法は、長い下り坂でエンジンブレーキを活用することです。山道などで下り坂が続くときは、ブレーキを踏む回数を減らすために、Dレンジ(ドライブ)から低速ギアに切り替えて、エンジンブレーキを主体的に使用します。フットブレーキは補助的に使うことで、ブレーキの過熱を防ぎます。
長い下り坂に入る前には、必ず低速ギアにして十分に減速しておくことが重要です。走行中はエンジンブレーキを多用するようにし、フットブレーキは速度調整のために短く使用する程度に留めます。AT車の場合、現代の車両には「B」レンジや「S」レンジなど、エンジンブレーキを強化するためのモードが用意されていることが多いので、積極的に活用しましょう。
大型トラックやバスの場合は、最大積載量を守ることも重要です。過積載は車両に大きな負担をかけ、ブレーキの摩擦熱が増加してフェード現象やベーパーロック現象が起こりやすくなります。また、大型車に搭載されている排気ガスブレーキやリターダーなどの補助ブレーキを積極的に利用することで、フットブレーキへの負担を軽減できます。エアブレーキを搭載した車両では、ブレーキペダルのバタ踏み(短時間に繰り返し踏む操作)はエアタンク内の圧力を下げて制動力を低下させるため、避けるべきです。
ブレーキは車の安全性に直結する最も重要な装置のため、定期的な点検と適切なメンテナンスが不可欠です。日常点検では、適切なブレーキペダルの踏みしろ、ブレーキフルードの液量が規定量入っているか、ブレーキの効き具合、異音の有無などをチェックすることが推奨されます。
ブレーキパッドの摩耗状態も重要なチェック項目です。ブレーキパッドが減ると、リザーバータンク内のブレーキフルードの液面が下がります。また、パッドが減るということはそれだけブレーキを使用していることになるので、ブレーキフルードが劣化している可能性も考えられます。ブレーキパッドの残量が少なくなっている場合は、交換と同時にブレーキフルードの交換も検討すべきです。
ブレーキ警告灯が点灯した場合は、速やかに点検を受ける必要があります。ブレーキ警告灯が点灯する原因はさまざまですが、ブレーキシステムの不具合や劣化が原因である可能性があります。特に問題がない場合でも、予防整備としてブレーキフルードを交換しておくとより安心です。車が停止しないということは命に直結する問題なので、ブレーキフルードの点検など日ごろの点検を怠らないようにしましょう。
ベーパーロック現象とフェード現象の違いについて詳しく解説した自動車保険会社の記事
トヨタの自動車情報サイトによるフェード現象とベーパーロック現象の原因と対策の詳細解説