陸上自衛隊で長年使われていた73式小型トラック(旧型ジープ)は、1996年になると排ガス規制への対応や衝突安全性の向上が求められるようになりました。また、操縦性や居住性の向上も必要とされていたことから、防衛庁は新73式小型トラックとして三菱パジェロをベースとした車両を採用することを決定しました。
参考)https://news.livedoor.com/article/detail/14851398/
この更新には戦略的な背景がありました。制式化された装備品を変更することは複雑な手続きを伴うため、当初は現行のジープを改造する方針でしたが、コストが掛かりすぎることと車体サイズの制約から改造には限界がありました。そこで1996年、前年に東洋工機から社名変更したパジェロ製造の車両を採用することになり、正式名称「1/2tトラック」として配備が始まりました。
パジェロベースの車両は当時の最新技術を取り入れ、市販車の2代目パジェロのフレームやエンジンなど基本構造を活用しながら、自衛隊専用のボディとして開発されました。この採用により、民間の技術革新を効率的に取り入れることができ、部品調達の面でも有利になったのです。
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自衛隊仕様のパジェロは、ベースとなった市販車とは多くの点で異なります。ボディサイズは全長4140mm、全幅1765mm、全高1970mmで、悪路走破性を考慮して市販パジェロより車高がアップされています。ヘッドライトやテールランプといった灯火類、前後バンパー、フェンダー、ドアノブなどの細かいパーツも専用品に変更されており、外観はOD色(オリーブドラブ)の迷彩色で塗装されています。
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内装面では、市販車のショートパジェロが4名定員であるのに対し、自衛隊仕様は内装を簡素化することで6名まで乗車可能です。荷台部分には折りたたみ式の座席が設けられており、最後席は対面式となっています。また、運転席と助手席のドアは肉抜きされ、そこに64式7.62mm小銃または89式5.56mm小銃を固定できるラックが設置されています。
参考)73式小型トラック - Wikipedia
さらに、旧型ジープには無かった装備として、エアコンやラジオが標準装備されました。変速機もマニュアル(4速)からオートマチック(トルコン式AT)へと変更され、隊員の運転負担が大幅に軽減されました。幌は左右に小型スクリーンを2つ設けており、リア側はジッパーで開閉できる仕様になっています。無線機ラックも備わっており、通信機器を搭載して指揮官車として運用することも可能です。
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パジェロベースの1/2tトラックは、優れた不整地走破性能を持っています。横浜ゴム製215/85R18の18インチ大径タイヤを装着し、デフロック可能なセンターデフ式フルタイム4駆機構のスーパーセレクト4WDを備えています。タイヤ径の拡大により、地上高、特にアクスルデフ下の最低地上高が増大しており、悪路での走行性能が向上しました。
前輪がリジッドから独立懸架に変更されたことで、旧型ジープと同等程度の不整地走破性を維持しながら、操縦安定性が大幅に向上しました。車両重量は1940kgで、車体後部にはトレーラー牽引用のピントルフックを備えています。ただし、車両が小型・軽量でエンジン出力も大きくないため、牽引できるのは陸自の装備品では1/4tトレーラまでとなっています。
参考)自衛隊の足として活躍する「パジェロ」 市販モデルと異なる点…
エンジンはパジェロと同じ基本構造を採用しており、信頼性の高い駆動系を持っています。渡渉能力も備えており、一定の水位での走行が可能です。この高い走破性能により、災害派遣時の被災地への迅速なアクセスや、演習場での機動的な運用が実現されています。
参考)陸上自衛隊の足として活躍する「パジェロ」 市販モデルと異なる…
1/2tトラックは汎用トラックとして、陸上自衛隊のほぼすべての部隊に配備されている車両です。主な用途は少人数での人員輸送や演習での使用で、6名の隊員を効率的に移動させることができます。災害派遣時には、被災地への人員派遣や物資輸送、状況確認などで重要な役割を果たしています。
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指揮連絡用としての運用も多く、通信機材を搭載して指揮官車として使われることもあります。幌やシートを外せば機銃を搭載することも可能で、訓練や作戦行動時には迅速に車内レイアウトを変更できる柔軟性があります。5.56mm機関銃MINIMI、12.7mm重機関銃M2などの各種機関銃、対戦車ミサイルなどの搭載が可能です。
自衛隊の現場では「パジェロ」という車名で呼ばれており、隊員にとって最も身近で使い勝手の良い車両として親しまれています。正式名称は1/2tトラックですが、陸自内では「隊内で最もありふれた車両」として認識されており、日常的な任務から緊急時の対応まで幅広く活躍しています。
参考)自衛隊員さんは「パジェロ」と呼んでいた|金子浩久書店
2021年8月末をもって三菱パジェロの生産が終了し、パジェロ製造の工場も2021年度上期に閉鎖されました。この工場では市販車のパジェロだけでなく、自衛隊向けの1/2tトラックも生産していたため、今後の車両調達が注目されています。
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防衛省への取材によると、具体的な今後の方針については明確な回答がなく、新型車両の開発や他メーカーの4輪駆動車の導入については不透明な状況です。過去には既存の73式小型トラック(ジープ)が排ガス規制や安全性の観点からパジェロベースの新型にモデルチェンジした際、ほどなくして市販向け三菱ジープの生産が終了した経緯があります。
今回はその逆パターンとなり、市販車の生産終了が自衛隊車両の調達に影響を与える可能性があります。現在配備されている1/2tトラックは当面使用されるものの、将来的な更新時期には新たな車両の選定が必要になると考えられます。デリカD:5やアウトランダーは三菱自動車の岡崎工場に生産が移管されましたが、1/2tトラックについては特殊な仕様のため、今後の対応が課題となっています。
自衛隊車両の払い下げについては、基本的に民間への払い下げは行われず、入札で解体処分されるのが一般的です。そのため、中古車市場で見かける自衛隊仕様のパジェロは、正規の払い下げ品ではなく、何らかの特殊なルートで流通したものと考えられます。
参考)自衛隊の「パジェロ」は個人で買える? 中古車市場で見かけるも…
三菱「パジェロ」消滅と自衛隊への影響について、防衛省への取材内容が詳しく掲載されています
陸上自衛隊の1/2tトラックの詳細な装備品情報と新品情報と新旧比較が記載されています