強いエンジンブレーキを多用する場合、エンジンの吸気系統には過大な負圧が生じます。この負圧によってインテークマニホールド(吸気管)に亀裂が入ったり、ガスケットやOリングが破損する可能性があります。特に経年劣化した車両では顕著です。インテークマニホールドは複数の気筒にエアを供給する重要な部品であり、ここに損傷が生じるとエアリークが発生し、エンジンの燃焼効率が悪くなります。修理には数万円の費用がかかることも珍しくなく、「節約のためエンジンブレーキを多用したのに、かえって高額な修理費が発生した」というケースもあります。
ブローバイ配管がインテークマニホールドに繋がっている車両では、強いエンジンブレーキ時の負圧によってエンジンヘッドのオイルミストが吸い出されます。このオイルは燃焼室を通ってマフラーから排出されるため、やがてエンジンオイルが大幅に減少してしまいます。定期的なオイルチェックを怠ると、エンジンが焼き付く危険性も高まります。某メーカーのミニバンなど、特定年式のエンジンではこのオイル減少が顕著に起こることが報告されており、オーナーズマニュアルでエンジンブレーキの多用を注意喚起しているケースもあります。オイル管理を厳密にするか、シフトダウンを控えめにして弱いエンジンブレーキのみを使用することが対策です。
マニュアルトランスミッション(MT)車でシフトダウン時にエンジンブレーキを使いすぎる場合、シフトミスによって許容回転数以上にエンジン回転数が上がるオーバーレブが発生する可能性があります。オーバーレブ状態が続くとエンジン本体に甚大なダメージを与え、ピストンやコンロッド、クランクシャフトなどの重要部品を破損させてしまいます。修理費は数十万円に達することもあります。MT車でのエンジンブレーキ使用時は、シフトダウンのギア選択を慎重に行い、回転数メーターをしっかり監視する必要があります。不安な場合はフットブレーキとの併用が安全です。
バイク乗車者にとってエンジンブレーキは身近なテクニックですが、強いエンジンブレーキのみでの減速を多用すると、ドライブチェーンとスプロケットに大きな負担がかかります。タイヤ側の速度に対してエンジン側の回転数が低くなろうとするため、チェーンが下側で引っ張られて摩耗が促進されます。チェーン交換は数千円から数万円の出費となり、さらに破断すれば走行不可能になります。バイクでのエンジンブレーキは、前後ブレーキとのバランスを取りながら使用することが重要です。
エンジンブレーキは通常のフットブレーキと異なり、ブレーキランプが点灯しません。この特性から、エンジンブレーキのみで減速を続けると、後続車のドライバーが減速を認識しにくくなります。特に車間距離が近い場合や、後続車のドライバーが注意散漫な状態では追突事故のリスクが高まります。また、渋滞時に赤信号で停止するまでエンジンブレーキで徐々に近寄る行為は、後ろのクルマも同じペースで進まざるを得なくなり、迷惑行為と見なされることもあります。交通安全を考慮すると、減速の意思を周囲に伝えるためにはフットブレーキを踏んでブレーキランプを点灯させることが基本です。
燃費改善目的でエンジンブレーキを活用する方も多いですが、実は強いエンジンブレーキで短距離に停止するより、弱いエンジンブレーキで長距離をかけて減速する方が燃費は向上します。エンジンブレーキ中は燃料供給がカットされ、走行距離が伸びるほど節約効果も高まります。急激なシフトダウンで強いエンジンブレーキをかければ、短時間で停止できますが、一定燃料あたりの走行距離は実は短くなるのです。つまり、「エンジンブレーキは燃費に良い」という認識は正確ではなく、「弱く長いエンジンブレーキ」と「強く短いエンジンブレーキ」では効果が大きく異なるということです。
高速道路でのエンジンブレーキは推奨されていますが、シフトダウンによる強いエンジンブレーキを使いすぎると車体が不安定になります。エンジンブレーキの減速力は比較的コントロールしにくく、強すぎると予期しない速度低下が起こるため、後続車との距離が急激に詰まったり、カーブ走行中に挙動が乱れたりする可能性があります。雪道や雨の路面では、駆動輪にのみエンジンブレーキが働くため、強く効かせすぎると車体が横滑りして事故につながる危険が高まります。高速道路での減速は、軽めのフットブレーキと組み合わせた弱いエンジンブレーキが安全です。
エンジンブレーキが活躍する場面は限定的です。緩やかな下り坂での車速調整、軽い減速の際の弱いエンジンブレーキは、車両に負担をかけず、燃費改善にも貢献します。一方、強いエンジンブレーキが正当化される場面は、長く急な下り坂でフットブレーキの過熱(フェード現象やベーパーロック現象)を防ぐ目的に限定されます。この場面では、フットブレーキとエンジンブレーキの併用により、ブレーキシステム全体を守ることができます。都市部や一般道での通常運転では、フットブレーキのみの使用で十分であり、むしろそれが安全です。
AT車でのシフトダウンは、必ずフットブレーキとの併用を心がけることが重要です。Dレンジから軽いシフトダウンであれば、車載コンピューターが自動で変速を制御してくれるため、過度な負担が生じにくくなっています。最新のAT車は速度に合わせてコンピューターが自動で最適ギアを選択するため、無理なシフトダウンは不要です。MT車の場合は、シフトダウン時のエンジン回転数を確認しながら、段階的にギアを落とすことが重要です。いきなり低ギアに入れてオーバーレブさせることは避け、必要に応じてブレーキペダルを踏んで速度を落としてからシフトダウンするのが安全です。
フットブレーキの過熱に対する不安から、過度にエンジンブレーキへ依存する運転者も少なくありません。しかし、実際のところ現代の車両では、フットブレーキのフェード現象やベーパーロック現象が日常運転で起こることは稀です。これらが発生するのは、長い下り坂を連続でブレーキを踏み続けるような極限状況に限ります。通常の市街地走行では、むしろフットブレーキで明確にブレーキランプを点灯させることが、後続車への合図として重要です。エンジンブレーキと弱いフットブレーキの組み合わせで、自然な減速を心がけることが、安全性と燃費のバランスを取る最適な運転方法です。