アクティブセンターデフ wrc 仕組みから廃止、ラリーでの役割

アクティブセンターデフはWRCで三菱やトヨタが採用してきた電子制御システムですが、2022年のラリー1規定で廃止されました。なぜ最高峰の技術が禁止されたのでしょうか?

アクティブセンターデフとWRC

この記事のポイント
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アクティブセンターデフの仕組み

電子制御で前後の駆動力配分を最適化する先進システム

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WRCでの採用歴史

三菱が開発し、トヨタなど各チームが技術競争を展開

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2022年の規定変更

コスト削減のためラリー1規定でアクティブセンターデフを廃止

アクティブセンターデフの基本構造と電子制御の仕組み

アクティブセンターデフ(ACD)は、センターデファレンシャルギヤの電子制御によって前後輪の駆動力配分を最適化する技術です。三菱自動車が開発したこのシステムは、トランスファーとセンターデファレンシャルの中間に電子制御の油圧ポンプと多板クラッチを配置し、結合割合を変える構造になっています。ハンドル角、ホイールセンサ、ブレーキセンサ、ヨーレイトセンサなどから得られる「車両の旋回状況」の情報を専用CPUが統合・制御して差動をコントロールします。
参考)アクティブ・センター・ディファレンシャル - Wikiped…

この技術の特徴は、前後車軸へのイニシャルトルク配分自体を常に50:50と固定した上で、センターデフ自体の連結状態を変化させて「差動制限の割合(結合度合い)」を変える点にあります。加速時には連結状態を直結に近づけて駆動力を最大限発揮させ、旋回時にはフリーに近づけることで走行安定性を維持しながら旋回性能を高めます。油圧多板クラッチを使用することで、従来のビスカスカップリング(VCU)式に比べて最大3倍もの作動制限力を実現しました。
参考)【最新の四輪制御技術×中谷明彦】中編(Mitsubishi …

センターデフロックとは異なり、ACDは完全フリーから完全直結まで無段階に制御可能で、パートタイム4WD車の完全直結に匹敵する高い結合力を発揮できます。この電子制御により、路面状況やマシンの挙動、ドライバーの操作に応じて積極的にコントロールするシステムとして、WRCをはじめとしたモータースポーツで高く評価されました。
参考)【三菱WRC】ラリーメキシコでアクティブ・センターデフ採用

アクティブセンターデフがWRCで果たした役割と採用歴史

WRCにおいてアクティブセンターデフは、トラクション性能の飛躍的向上を目指して開発された技術です。三菱自動車はランサーエボリューションVIIで初めてACDを採用し、フルモデルチェンジによって車体が大きくなった影響を払拭することに成功しました。前後の駆動力をコントロールするACDがなければ、ランサーエボリューションシリーズはそこで終わっていたかもしれないと当時の開発者は語っています。​
三菱のワークスチームは2005年のラリーメキシコからアクティブセンターデフを搭載したランサーWRC05で参戦を開始しました。それまでボディやサスペンションなど根幹的な部分の開発を最優先にしていましたが、これらの開発が一旦終了したため、次のステップとしてACDの導入に移行しました。WRカーではほとんどが標準装備となっており、各メーカーが競って技術開発を進めていました。​
2017年のWRカー規定変更では、アクティブセンターデフが復活しました。FIAテクニカル・ディレクターは「センターデフのみを電子制御することによって、従来のWRカーのアンダーステア気味である特徴を修正できる」と説明し、ドライビングがより楽しくなり観戦する側もより楽しめるようになると期待を寄せていました。このように、アクティブセンターデフはWRCの車両性能と観戦の魅力を高める重要な技術として位置づけられていました。
参考)新規定WRカーの見えない進化、エンジン&駆動系【新規定WRカ…

三菱自動車公式サイト - ACDの開発経緯と技術詳細が詳しく解説されています

アクティブセンターデフとラリー1規定による廃止

2022年にWRCのレギュレーションが一新され、「WRカー」から「ラリー1(Rally1)」規定に移行した際、アクティブセンターデフは禁止されました。この変更の最大の理由は開発コストの削減にあります。ハイブリッドシステムの導入に伴い、他の部分でコストを抑える必要があったためです。
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ラリー1規定では、前後機械式デフによる四輪駆動はそのままに、アクティブセンターデフとパドルシフトを司る油圧システムが排除されました。この変更により車両全体のコストは下がりましたが、2017年の現行WRカー規定で復活させた技術的魅力が失われたとの指摘もあります。実際、ラリー1のデビューイヤーとなった2022年には、各チームのドライバーがアクティブセンターデフがないことによるアンダーステアに苦戦しました。
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センターデフ自体を備えないラリー1はアンダーステア傾向が強く、小さなミスがタイムに影響しやすい特性を持ちます。前後メカニカルデフ、センターデフレスというパッケージは、2011年から2016年にかけて採用されていたDS3 WRCの時代に戻ったとも言えます。性能向上とコスト削減のせめぎ合いの中で、アクティブセンターデフは常に議論の対象となってきましたが、現在の規定では禁止されています。
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トヨタガズーレーシング公式サイト - ラリー1規定での技術変更点が詳しく説明されています

アクティブセンターデフの性能メリットとデメリット

アクティブセンターデフの最大のメリットは、きめ細かな電子制御による走行性能の最適化です。油圧多板クラッチを電子制御するシステムにより、直進時の高度なトラクションと高速安定性を実現し、旋回時には前後の結合力をフリーに近くして曲がりやすさを確保します。三菱のランサーエボリューションVIIでは、ビスカスカップリング式に比べて最大3倍もの作動制限力を得られ、ほとんど完全直結に近い状態まで結合能力を高められました。
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路面状況やマシンの挙動に応じた積極的な制御により、「舗装路」「未舗装路」「雪道」など様々な条件下で最適な駆動力配分を実現できます。加速時には連結状態を直結に近づけることで駆動力を最大限発揮させ、旋回時にはフリーに近づけることで走行安定性を維持しながら旋回性能を高めることができます。左右に駆動力を適正配分するAYC(アクティブヨーコントロール)との統合制御により、コーナリング性能と安定性を飛躍的に向上させました。
参考)あまりにも速すぎる車両【ランサーエボリューションⅦ】 - 8…

一方、デメリットとしてはシステムの複雑さとメンテナンスコストが挙げられます。電子制御の油圧ポンプと多板クラッチという複雑な機構を持つため、定期的なフルード交換と専門的なメンテナンスが必要です。また、WRCでの使用においては、開発コストが高額になることが問題視され、最終的にはラリー1規定での禁止につながりました。レーシングカーとしての性能は高いものの、コストと性能のバランスを考慮した結果、現在の規定では採用できなくなっています。
参考)AYC/ACDフルード交換 | GarageHRS

アクティブセンターデフを搭載した代表的なラリーカー

三菱ランサーエボリューションシリーズは、アクティブセンターデフを搭載した代表的な車両です。2001年に登場したランサーエボリューションVIIで初めてACDが採用され、ビスカスカップリング式からの大きな進化を遂げました。エボVIIでは、ACD(アクティブセンターデフ)とAYC(アクティブヨーコントロール)を組み合わせた四輪制御技術により、大きく重くなったボディにもかかわらず圧倒的な旋回性能とトラクション性能を発揮しました。
参考)三菱のAYCとは?峠で無敵といわれる車体制御装置のしくみ

エボVIIIのMRモデルでは、エンジンやトランスミッションの強化に加えてACDのさらなる洗練が図られ、歴代エボで最速モデルとなりました。三菱のワークスラリーカーであるランサーWRC05では、2005年のラリーメキシコからアクティブセンターデフが搭載され、ハリ・ロバンペラやジル・パニッツィといったドライバーたちが上位入賞を目指しました。三菱がWRCで活躍した時代、ACDとAYCの技術は他のメーカーに先駆けて開発され投入された画期的なシステムでした。
参考)秘蔵写真で振り返る! WRC(世界ラリー選手権)往年の主要1…

トヨタもWRカー規定時代にアクティブセンターデフを採用していました。ヤリスWRCでは、電子制御でセンターデフの作動を細かくコントロールすることで高い性能を発揮していましたが、2022年のラリー1規定への移行に伴い、この技術は使用できなくなりました。各メーカーがアクティブセンターデフの開発競争を繰り広げた結果、WRCの技術レベルは飛躍的に向上し、観客を魅了するスペクタクルなレースが展開されました。
参考)WRCの新たなる時代 ハイブリッドユニットを搭載する「Ral…

Web Cartop - 歴代ランサーエボリューションの技術進化を詳しく解説しています

アクティブセンターデフの今後と一般車への応用可能性

WRCでは2022年のラリー1規定でアクティブセンターデフが廃止されましたが、車両規定は時代に応じて変更されているため、将来的に復活する可能性もあります。過去にも2011年の規定変更でアクティブセンターデフが禁止されましたが、FIAとWRCプロモーターがWRカーの迫力とスピードアップを図るため、2017年の規定変更に合わせて再び解禁された経緯があります。性能向上とコスト削減のせめぎ合いの中で、技術的な魅力と経済性のバランスをどう取るかが今後の課題となっています。​
一般車への応用では、三菱のS-AWC(スーパーオールホイールコントロール)システムがACDとAYCをセンサー情報をもとに協調制御する仕組みとして展開されています。最近の車では電子制御4WDやトルクベクタリング技術として類似の仕組みを持つモデルが増えており、レース技術が市販車にフィードバックされる形で進化が続いています。アウトランダーPHEVでは、エボVIIで採用されたAYCとACDの技術思想を受け継ぎ、電動化時代に合わせた新しい四輪制御システムを実現しています。
参考)『ランエボのAYCとACDを詳しく教えて下さい。...』 三…

センターデフの進化は燃費向上や走行安定性向上といった幅広い役割を担うようになっており、電子制御技術と組み合わせることで路面状況や走行状態に応じて駆動力をきめ細かく制御することが可能になっています。電動化技術との融合により、より緻密な制御や新たな駆動力配分システムの実現が期待されており、アクティブセンターデフで培われた技術は形を変えて今後も発展していくでしょう。環境性能への意識の高まりから、状況に応じて自動的に2WDと4WDを切り替えるシステムや軽量化によって燃費向上に貢献する技術開発も進んでいます。
参考)4WDの要!センターデフを解説 - クルマの大辞典

まとめとして、アクティブセンターデフはWRCで圧倒的な性能を発揮した革新的技術でしたが、コスト削減の必要性から2022年のラリー1規定で廃止されました。しかし、この技術で培われた電子制御のノウハウは市販車の四輪制御システムに活かされており、モータースポーツと一般車両の技術循環という形で今後も進化を続けていくことが期待されます。WRCの規定が再び変更される可能性もあり、技術革新とコストのバランスを取りながら、より魅力的なレースと実用的な車両開発の両立が求められています。