マッドマスターCの最大の特徴は、370mmという圧倒的な地上高の実現にあります。一般的な自動車の駆動軸はホイールの中心に直接つながっていますが、このモデルではドライブシャフトとホイールハブの接合部分にギアを組み込む「ハブリダクションシステム」を採用しています。この独創的な駆動機構により、タイヤ径に左右されない自由な地上高設定が可能になったのです。
ハブリダクションシステムは、メルセデス・ベンツの高級オフローダー「ウニモグ」にも採用されている由緒正しい技術です。マッドマスターCは16インチという比較的小さなオフロードタイヤを装備していながら、370mmという驚異的な高さを確保できたのは、この革新的なシステムあればこそ。小型軽量ボディながら、大型トラックのような悪路走破能力を実現しています。
この地上高の高さは、単なる数字ではなく、実用性に直結します。障害物を乗り越えやすく、雨による冠水地での走破性も向上。アウトドアでの活動や過酷な労働環境での使用を想定した、実践的な設計が垣間見えます。
マッドマスターCに搭載された4WD機構は、不整地での安定した走行を実現するための基本です。短いホイールベース(1,900mm)と前後のオーバーハング、そして先ほど述べたハブリダクションシステムが組み合わさることで、アプローチアングル、デパーチャーアングル、ブレイクオーバーアングルの各数値が最適化されました。つまり、登り坂への進入角度、下り坂からの脱出角度、段差を越える際の角度がすべて有利に設定されているということです。
車体構造にはフレーム骨格式を採用し、これが優れた耐久性と不整地での応答性を実現しています。フレーム式の利点は、パネルボディよりも厚みのあるスチール製骨組みが衝撃を直接吸収でき、かつ長年の過酷な使用にも耐えられるという点です。建設機械や重機と同じ理論で、小型でもタフなトランスポーターが生まれました。
アプローチアングル(前輪が最初に接地する角度)やデパーチャーアングル(後輪が最後に離地する角度)の最適化により、不整地での乗り上げや乗り降りがスムーズです。これらは現在のSUVでも重視される重要なパラメータであり、17年前にすでに考慮されていたことは、ダイハツの先見性を示す証拠といえます。
このモデルの革新的側面として最も注目されるのが、「アタッチメント式ボディ」という構造です。従来のトラックやバンは、一度製造されると用途ごとに車種が分かれていました。しかし、マッドマスターCでは、荷台部分の交換が可能な設計になっているのです。
実際の展示車では、マウンテンバイクの積み下ろしに最適化された「3面大型ガルウイングドア」を備えたバン仕様が採用されていました。左右両側面と後部のドアが大きく開く構造により、自転車のような高さのある荷物も容易に積み載できます。開いたドアはそのまま雨除けシェルターとしても機能する実用的な設計です。
ダイハツは発表時に、このアタッチメントボディの交換により、スノーボード仕様や造園業仕様など、さまざまなニーズに対応できることを示唆していました。1台のプラットフォームで複数の用途に対応できる柔軟性は、現在のEVやモジュラー設計の先駆けともいえます。実現されていればコスト効率と環境負荷の削減を両立できたはずです。
マッドマスターCに搭載されたエンジンは、軽自動車規格の上限である660ccの直列3気筒DOHCです。決して高出力ではありませんが、軽量でコンパクトなボディとの組み合わせで、十分な機動力を発揮するように計画されました。オフロード走行では、パワーよりも低回転での安定したトルク特性が重要であり、この小型エンジンはそうした条件に適しています。
トランスミッションとして5速マニュアルミッション(5速MT)が選択されたのも注目ポイントです。2007年当時、軽自動車は急速にオートマチック化が進んでいましたが、あえてマニュアルを採用した背景には、オフロード走行での確実なエンジン制御の必要性があったと考えられます。MTなら、ドライバーが直感的にギア段数を選択でき、急な坂道や悪路でエンジンの力を最大限に活用できるのです。
現在でも砂漠横断ラリーなどの過酷な環境では、オートマチックよりもマニュアルトランスミッションが採用される傾向があります。マッドマスターCの設計思想は、この実用的な考え方を貫いていたといえるでしょう。
2007年の東京モーターショーで大きな話題を集めたマッドマスターCですが、残念ながら市販化には至りませんでした。その理由は、複雑な技術を持つ新型プラットフォームの開発コストと、限定的な市場規模のバランスが取れなかったと考えられます。ハブリダクションシステムやアタッチメントボディといった革新的機構は、従来の製造プロセスとは異なる新しい手法を必要とします。
しかし、2010年代から2020年代にかけての自動車業界の変化により、このコンセプトカーの価値は再評価されています。カーシェアリングの普及、アウトドアレジャー文化の拡大、そしてサステナビリティ重視の流れが強まる中、「1台で複数の用途に対応できる多目的ビークル」というコンセプトは極めて現代的です。
実際、昨今のSUVブームやキャンパー人気、そして軽トラックのカスタマイズブームを見ると、マッドマスターCが想定していたニーズは、当時以上に現在の方が大きいと言えるかもしれません。市販化されていれば、アウトドア愛好家やスポーツ愛好家から強く支持されたであろうことは想像に難くありません。オートサロンでの再注目は、時代を先取りしすぎた傑作への遅れた評価といえるのです。
ダイハツの17年前のコンセプトカー「マッドマスターC」の詳細な技術解説とウニモグとの比較について
2007年東京モーターショーで公開されたマッドマスターCのスペックと特徴、鈴木雷太氏との協業についての詳細記事