2022年から2024年にかけて、栃木県日光市の観光名所「いろは坂」で、ホンダ車の立ち往生が相次いで報告されています。特に紅葉シーズンの週末には、「16台エンコしているクルマに遭遇したが13台はホンダ車」「止まっているホンダ車を6台見た」といった目撃情報がSNSで拡散され、もはや「風物詩」と呼ばれる状況になっています。
この現象は単発的な事故ではなく、システマティックに発生している問題です。2022年10月30日の紅葉シーズンには、複数のホンダ車がいろは坂で同時に停止し、大きな話題となりました。さらに2023年5月には中央道笹子トンネルでも同様の事例が報告されており、特定の走行条件下で発生する構造的な問題であることが明らかになっています。
興味深いのは、立ち往生する車種が特定のハイブリッドシステムを搭載したモデルに集中していることです。目撃されたのは主に3代目フィット、初代ヴェゼル、シャトルなど、いずれも「スポーツハイブリッドi-DCD」を採用したモデルでした。
i-DCDシステムの問題の根本は、7速デュアルクラッチトランスミッション(DCT)と乾式クラッチの組み合わせにあります。このシステムは燃費性能と加速性能の向上を目指して開発されましたが、日本の道路事情には適していない側面がありました。
最も深刻な問題は、渋滞時や坂道での低速走行時に発生するクラッチの過熱です。半クラッチ状態が続くと、乾式クラッチが高温になり、安全機能が作動して車両が停止します。湿式クラッチと異なり、乾式クラッチは風による冷却に依存するため、低速走行時の熱管理が困難なのです。
さらに、登り坂での発進を繰り返すことで走行用電池の残量が急速に減少し、パワー不足に陥るという問題もあります。これらの問題により、i-DCD搭載車は複数回のリコールの対象となり、特に7速DCTの制御プログラムに関しては3回連続でリコールが実施されています。
ホンダ自身も公式にこの問題を認識しており、ユーザー向けの注意喚起を行っています。特に「長時間の渋滞や低速走行に関する注意」として、坂道で時速4km前後でのノロノロ走行が続く場合の危険性を警告しています。
いろは坂での立ち往生が頻発する技術的なメカニズムを詳しく解析すると、複数の要因が複合的に作用していることが分かります。
まず、いろは坂の地形的特徴が問題を悪化させています。上り側は約7kmの長距離で、急勾配が続く一方通行の山岳路です。紅葉シーズンには大渋滞が発生し、時速数キロでの走行が長時間続きます。この条件は、i-DCDシステムにとって最も過酷な走行環境となります。
i-DCDシステムでは、低速走行時にエンジンとモーターの切り替えが頻繁に行われ、その際にクラッチが半締結状態になります。通常の平地走行では問題ありませんが、急勾配での渋滞時には、この状態が長時間継続することになります。
クラッチの温度上昇により警告灯が点灯すると、システムは自動的に走行を制限します。これは安全機能として設計されていますが、結果的に車両が動けなくなり、後続車両にも影響を与える事態となります。
興味深いことに、この問題は日本特有の道路事情と密接に関連しています。欧州などの高速道路中心の交通環境では顕在化しにくい問題が、日本の山岳路や都市部の渋滞で露呈したのです。
いろは坂でのホンダ車立ち往生問題は、単なる技術的トラブルを超えて、自動車業界全体に大きな影響を与えています。
まず、ハイブリッドシステムの設計思想に関する議論が活発化しました。燃費性能を重視するあまり、実用性や信頼性が犠牲になったのではないかという指摘が専門家から上がっています。特に、日本の多様な道路環境に対応できるシステム設計の重要性が再認識されました。
ホンダは問題発生後、積極的な対応を行っています。ユーザーへの注意喚起、システムの改良、そして複数回のリコール実施により、問題の解決に努めています。しかし、根本的な構造上の問題は完全には解決されておらず、「対策不可能」とする専門家の意見もあります。
この問題は、新しいハイブリッドシステム「e:HEV」の開発にも影響を与えました。現在のe:HEVシステムは、i-DCDとは異なる機構を採用しており、同様の問題は発生しないとされています。これは、i-DCDでの失敗を教訓とした技術的進歩の証拠と言えるでしょう。
自動車評論家の間では、「i-DCDは黒歴史」との評価が定着しており、ホンダにとって大きな教訓となっています。一方で、この失敗を機に、より信頼性の高いハイブリッドシステムの開発が進んだという見方もあります。
i-DCD搭載車でいろは坂のような山岳路を走行する際の実践的な対策法について、専門家の知見をまとめました。
最も重要なのは、走行前の準備です。山岳路走行前には、走行用バッテリーを満充電状態にしておくことが推奨されます。また、エンジンオイルやクーラントの点検も欠かせません。特に夏季や紅葉シーズンの混雑時期には、事前の車両点検が重要です。
走行中の対策として、スポーツモードの活用が効果的です。スポーツモードでは、エンジンの稼働時間が長くなり、バッテリーの消耗を抑制できます。また、渋滞時にはパーキングブレーキを積極的に使用し、クラッチへの負荷を軽減することも重要です。
温度管理の観点では、エアコンの使用を控えめにし、エンジンルームの温度上昇を抑制することが推奨されます。また、可能であれば渋滞のピーク時間を避けて走行することも有効な対策です。
万が一、警告灯が点灯した場合の対処法も知っておく必要があります。安全な場所に停車し、エンジンを一度停止して冷却時間を確保することが基本です。無理な走行継続は、システムの損傷を招く可能性があります。
これらの対策を講じることで、i-DCD搭載車でも山岳路走行のリスクを大幅に軽減できます。ただし、根本的な解決策は、より信頼性の高いハイブリッドシステムを搭載した車両への乗り換えであることも事実です。
参考:ホンダ公式サイトでのi-DCD車両に関する注意喚起
https://www.honda.co.jp/recall/auto/info/131220_3278.html
参考:国土交通省のリコール情報データベース
https://www.mlit.go.jp/jidosha/carinf/rcl/rcl.html