物品税は、1940年に恒久法として制定された間接税で、特定の贅沢品や嗜好品に対して課税されていました。この税制は、製造会社の出荷時を課税標準として賦課される仕組みで、販売時に課税される消費税とは根本的に異なる性質を持っていました。1983年末時点で課税物品は第1種および第2種の物品を合わせて80品目に達していましたが、1989年4月の消費税導入に伴い廃止されました。
物品税の対象品目は、大きく第1種物品と第2種物品に分類されていました。第1種物品には貴石、貴金属製品、真珠、毛皮製品、じゅうたんなどが含まれ、その販売業者を納税義務者として小売価格に対して10%または15%の税率で課税されていました。一方、第2種物品には乗用自動車、モーターボート、ゴルフ用具、ルームクーラー、冷蔵庫、テレビ、ステレオ、写真機、楽器、ハンドバッグ、時計、化粧品などが含まれ、その製造者を納税義務者として製造場移出価格に対し5%から30%までの税率でそれぞれ課税されていました。
自動車に対する物品税の税率は、車両の種類によって大きく異なっていました。1988年当時の税率を見ると、普通乗用車(3ナンバー車)には23%という非常に高い税率が課されていました。これは現在の消費税10%と比較すると2倍以上の負担となります。小型乗用車(5ナンバー車)には18.5%、軽乗用車には15.5%の税率が適用されていました。
興味深いことに、トラックやバス、軽ボンネットバン(商用車)については、生活や産業活動に必要なものという位置づけから原則として非課税となっていました。ただし、軽ボンネットバンについては例外があり、1979年にスズキ・アルトが商用車扱いで販売され乗用用途で広く普及したことをきっかけに、5.5%の課税対象となりました。その後も法改正が行われ、メーカー側は2シーター車を追加設定するなど、課税対象外となる車両の開発を続けていました。
さらに高級車や特定の用途の車両には、より高い税率が適用されていました。大型モーターボート(全長6メートル超)や大型ヨット(全長7.5メートル超)には40%、競技用自動車などの特殊な車両にも高い税率が課されていました。このような税率の違いは、車両の用途や価格帯による「贅沢度」を反映したものでした。
国税庁の物品税解説展の史料では、課税物品の詳細や税率表示の様子が確認できます
物品税と消費税には、課税の仕組みや対象範囲において大きな違いがありました。物品税は特定の製品に対して製造時(製造会社の出荷時)を課税標準として課税される個別間接税でしたが、消費税は販売時に課される一般消費税です。物品税は予め定められた品目のみに課税されていたのに対し、消費税はほぼすべての商品・サービスに広く課税されます。
税率面でも大きな差がありました。物品税の税率は品目によって5%から40%まで幅広く設定されており、自動車の場合は15.5%から23%でした。これに対して、1989年に導入された消費税は一律3%からスタートしました。ただし、自動車については例外的に6%の税率が適用されていました。その後、1992年4月からは自動車の消費税率が4.5%へと変更され、1997年には本則税率と同じ5%になりました。
物品税から消費税への移行には、いくつかの重要な理由がありました。まず、所得水準の上昇や価値観の多様化により、どの物品が贅沢品かを客観的に判断することが困難になったこと。次に、消費の対象が物品(モノ)からサービス(コト)へと変化する中で、物品のみが課税されるという不均衡が問題視されたこと。さらに、新商品の登場により課税対象のリストアップ作業や税率決定が複雑化したことなどが挙げられます。
自動車専門メディアの記事では、物品税時代の税率と現在の消費税を詳しく比較しています
物品税が廃止された背景には、税制の構造的な問題がありました。最も大きな問題は、生活必需品か贅沢品かの線引きが時代とともに曖昧になったことです。例えば、1950年の物品税改正法案では、それまで課税されていた万年筆、シャープペンシル、ミシン、アイロン、安全カミソリ、懐中電灯、扇子、団扇などが無税とされました。これらは当初は贅沢品と見なされていましたが、時代の変化とともに生活必需品へと位置づけが変わったのです。
物品税の執行面でも様々な困難がありました。商品の多様化により、新ジャンル商品が登場するたびに「どれが課税対象か」という判定が問題となりました。有名な例として、音楽ソフトウェアにおける「童謡か否か」問題があります。皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」や子門真人の「およげ!たいやきくん」などのレコードについて、童謡と判定されれば非課税、流行歌と判定されれば課税となるため、課税当局とレコード会社の間で対立が生じました。
類似商品による不公平も深刻でした。コーヒーは課税で緑茶や紅茶は非課税、ゴルフ用品が課税でスキー用品が非課税、ストーブは課税でコタツは非課税など、同じような用途の商品でも課税・非課税が異なる状況が生じていました。自動車では、乗用車は課税で商用車(特にトラック)は非課税という区分があり、これが課税回避の動きを生む原因となりました。
こうした問題を解決するため、1989年4月1日に消費税が導入され、物品税は廃止されました。消費税は特定の物品だけでなく、ほぼすべての商品・サービスに広く薄く負担を求める制度で、より公平で簡素な税制として設計されました。ただし、酒税やたばこ税など、主に嗜好品への税は現在も残されており、厳密には物品税の考え方が完全に消滅したわけではありません。
物品税時代、自動車業界は高い税率による価格上昇に直面していました。3ナンバーの普通乗用車に23%という税率が課されていたため、例えば200万円の車両であれば46万円もの物品税が上乗せされていました。これは消費者の購買意欲に大きな影響を与え、多くの人々が小型車や軽自動車を選択する要因となっていました。
物品税の税率差は、自動車メーカーの商品開発戦略にも影響を及ぼしました。3ナンバー車と5ナンバー車では税率に4.5%の差があったため、メーカーは5ナンバーサイズに収まる車両の開発に注力しました。また、商用車が非課税だったことを利用して、乗用用途でも使える商用車タイプの車両開発が進みました。スズキ・アルトは軽ボンネットバンとして発売され、課税対象外であったことが大ヒットの一因となりました。
昭和50年代以降、物品税収入の半分以上を乗用車、カラーテレビ、クーラーのいわゆる「3C(新三種の神器)」が占めるようになりました。特に乗用車に係る税収は第1位の座を占めており、物品税収入における自動車の重要性が高まっていました。これは高度経済成長期に自動車が急速に普及したことを反映しており、消費の高級化・大型化の象徴でもありました。
1989年に物品税が廃止され消費税が導入されると、自動車市場は大きく活性化しました。物品税23%から消費税6%(自動車の場合)への税率引き下げは、実質的な大幅減税となり、特に3ナンバー車の需要が急増しました。消費者にとって高級車がより手の届きやすい価格になったことで、バブル経済期の自動車販売好調につながりました。現在でも自動車には消費税のほか、自動車税種別割、自動車重量税、環境性能割(旧自動車取得税)、ガソリン税など多くの税金が課されており、自動車ユーザーの税負担は依然として重いという指摘があります。
国税庁の租税史料特別展示では、高度経済成長期の物品税と消費傾向の関係が詳しく解説されています
物品税時代には、今では考えられないような興味深い出来事がありました。昭和25年には東京国税局と納税通信社が主催で「一目でわかる 税と商品の解説展」が開催され、課税物品約2000点が展示されました。この展示会では納税川柳や懸賞付き税率当てクイズなどが行われ、5日間で延べ5万5千人が来場しました。当時の人々にとって、どの商品にどれだけの税金がかかっているかを知ることは、大きな関心事だったのです。
小売店では課税商品が種類ごとに陳列され、壁にそれぞれの税率が表示されていました。消費者は各税率をいちいち確認しながら買い物をするという、現在では想像しにくい光景が日常的に見られました。展示会で懸賞付きの税率当てクイズが人気を集めたことからも、物品税の複雑さと人々の関心の高さがうかがえます。
物品税は「悪税」と呼ばれることもありました。これは特定の物品のみに課税される個別消費税という性質上、その複雑な税体系や不公平感から批判を受けていたためです。古い書籍には「悪税54円」といった記載が残っており、当時の人々が物品税に対して抱いていた不満を物語っています。実際、同じような用途の商品でも課税・非課税が分かれていたり、新商品の普及を阻害したりする問題があったため、税制改革の必要性が強く認識されていました。
アニメソングやレコードの課税判定をめぐる混乱も、物品税時代ならではの出来事でした。1986年にはポニーとキャニオン・レコードが童謡扱いとしていたアニメソングのレコードの一部について、東京国税局が「童謡に該当せず、課税対象」と判断し、物品税約4000万円を追徴課税されました。このような事例は、物品税の執行がいかに困難で恣意的になりやすかったかを示しています。
国際的に見ても、物品税から消費税への移行は日本だけの現象ではありませんでした。ニュージーランドでは1986年に、複雑かつ免税範囲の広い物品税制度の是正を目的として、単一税率10%の消費税(GST)を導入しました。日本とは異なり、ニュージーランド国民は単一税率での導入時に大きな反発を見せませんでした。これは徴税し分配するという制度設計が再分配に効率的であるとの政府の説明を国民が受け入れたためです。現在でもアメリカやイギリスなど一部の国では、タバコ、アルコール、燃料などに対して物品税(Excise Tax)が消費税とは別に課されており、物品税の考え方は完全には消滅していません。