リトラクタブル・ヘッドライトとは、消灯時に車体内部に格納できる前照灯のことです。通常のヘッドライトが自動車前部に固定されているのに対し、リトラクタブル式は格納時にボンネット内部に埋没し、点灯時のみ外部に展開される構造となっています。日本語では格納式前照灯と呼ばれ、英語のRetractable(中に引き込む)という意味に由来します。
参考)リトラクタブル・ヘッドライト - Wikipedia
この機構は1970年代から1990年代にかけて、主にスポーツカーを中心に多くの車種で採用されました。元々はアメリカの車両法規制の中で、デザイン性と法規を両立させるために生まれたものでした。ヘッドライトのスイッチをONにすると「パカッ」と起き上がる独特の動作は、当時の若者たちにとってカッコいい車の象徴の一つとなりました。
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リトラクタブル機構にはいくつかの種類があり、完全に車体内部に格納されるポップアップ式、格納時にも上半分ほどライト部分が見えているセミ・リトラクタブル式などが存在します。
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日本のメーカーからは数多くのリトラクタブル・ヘッドライト搭載車が登場しました。以下は代表的な国産モデルの一覧です。
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トヨタ車
日産車
ホンダ車
マツダ車
三菱車
海外メーカーでもリトラクタブル・ヘッドライトは広く採用され、特にスーパーカーやスポーツカーで人気を博しました。
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イタリア車
ドイツ車
アメリカ車
これらの外車モデルは、1960年代から1990年代にかけて様々なタイプのリトラクタブル機構を採用し、独特のデザイン性を追求しました。
多くの人気を博したリトラクタブル・ヘッドライトですが、2000年代初頭にはほぼ完全に姿を消しました。廃止の理由は複数の要因が重なっています。
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安全性の問題
1990年代半ばから、事故時の歩行者保護を考慮した法律が各国で改正されました。展開時にヘッドライトが車体から突出するリトラクタブル式は、対人事故の際に危険性が高いと判断されたのです。歩行者衝突時の衝撃を和らげるため、突起を極力少なくする設計が求められるようになりました。
参考)https://cartune.me/notes/A98CO1o1H3
走行性能面のデメリット
リトラクタブル式はライト展開時に空気抵抗が増大し、高速走行時に無視できないマイナス要因となります。また、開閉機構を組み込むことで部品点数が増え、車両重量が増加してしまいます。せっかくライト非点灯時に空力を稼げても、点灯時に抵抗が大きくなるというジレンマがありました。
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コストと信頼性の課題
モーターやリンク機構など可動部品が必要で、構造が複雑になります。その結果、製造コストの上昇や故障リスクの増加は避けられません。寒冷地では凍結によりライトが展開しない恐れもありました。
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技術の進化
ヘッドライト技術が進歩し、プロジェクター式やマルチリフレクター式が登場したため、形状・サイズの自由度が格段に向上しました。格納式にしなくてもスポーツカーとしての機能性とデザイン性を両立できるようになったのです。
リトラクタブル・ヘッドライト搭載車を中古で購入する際には、いくつかの重要な注意点があります。
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車両状態の確認ポイント
最も重要なのはリトラクタブル機構の動作確認です。左右のヘッドライトが同時に開閉するか、片方だけがパチパチと動く「ウインク状態」になっていないかをチェックしましょう。この症状はリレー内部の電子部品劣化が原因であることが多く、ハンダクラックや電解コンデンサの経年劣化によって発生します。
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維持費の考慮
リトラ車は旧車であるため、維持費が高くなる傾向があります。自動車税、車検費用、修理費用、保険料などを総合的に検討する必要があります。特に部品の入手が困難な場合、修理費用が高額になることがあります。モーターの修理を専門に扱う業者も存在しますが、塩害や焼き付き、損傷が激しい場合は修理不可となることもあります。
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車種選びのポイント
排気量の少ない車種や部品の入手が容易な車種を選ぶことで、維持費を抑えられます。国産車最後のリトラ搭載車であるマツダRX-7(FD3S型)は、2002年まで生産されていたため、比較的部品供給の面で有利です。
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メンテナンス体制
ヘッドライトスイッチの故障やハーネスの断線なども発生しやすいため、信頼できる整備工場を見つけることが重要です。接点の消耗がひどい場合は、緊急用のプッシュスイッチを追加して短絡用の配線を引くなどの対策も検討できます。
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リトラクタブル・ヘッドライトの最大の魅力は、格納時のクールな印象と展開時のコミカルな表情が共存する独特のデザイン性にあります。「変形」するカッコ良さは格別で、カスタムの一つとして半開きのまま止めてやや眠そうな顔付きにすることも流行しました。
日本車で初めてリトラクタブル式ヘッドライトを採用したのはトヨタ2000GTとされ、2002年に生産中止となったマツダRX-7(FD3S型)をもって歴史に幕を閉じました。現在、国産車最後のリトラ搭載モデルから既に20年以上が経過しており、憧れのリトラ車に乗るなら今がラストチャンスとも言えます。
現代の自動車に求められる安全性能や車両の軽量化を考えると、リトラクタブル式が復活する可能性は限りなくゼロに近いでしょう。しかし、その希少性とデザインの魅力から、中古車市場では根強い人気を保ち続けています。LED化などの現代的なカスタマイズを施しながら、リトラクタブル・ヘッドライトの魅力を楽しむ愛好家も多く存在します。
参考)FD3S RX-7用 カーショップグロウ LEDヘッドライト…
1980年代から90年代のスポーツカーを象徴するリトラクタブル・ヘッドライトは、自動車史における貴重な遺産として、今後も多くのカーマニアに愛され続けることでしょう。