クアッドターボ車は「高出力のためだけの技術」だと思っていませんか? 実は、BMW 750d xDriveのクアッドターボは4基のターボで燃費をトリプルターボより11%も改善させています。
クアッドターボとは、エンジンにターボチャージャーを4基搭載した過給システムのことです。「クアッド(quad)」はラテン語由来で「4」を意味します。つまり読んで字のごとく、ターボが4つある車ということになります。
ターボチャージャー自体は、エンジンから排出される排気ガスのエネルギーを使ってタービンを回し、そのタービンと直結したコンプレッサーでエンジンへの吸入空気を圧縮(過給)する装置です。過給によって吸入空気量を増やすことで、排気量を大きくしたのと同じ効果が得られます。
では、なぜわざわざ4基も搭載するのでしょうか?
1基のシングルターボでも原理上は同じですが、過給を大きくしようとすると「ターボラグ」の問題が発生します。ターボラグとは、アクセルを踏んでから実際にターボが効き始めるまでの時間的なズレのこと。大型のタービンは多くの排気ガスが出ないと回り始めないため、低回転域での応答性が悪くなります。これは、大型の扇風機が回り出すまでに時間がかかる感覚に似ています。
この問題に対し、小型のターボを複数使って役割分担させるのが複数ターボの基本的な考え方です。特に注目すべきは、BMW 750d xDriveに搭載された3.0L直6ディーゼル用クアッドターボの設計思想です。このシステムは「低圧用2基+高圧用2基」の計4基で構成され、常時4基すべてが動くわけではありません。
通常の走行時には高圧用の1基を停止させて3基で過給し、約2,500rpm以上に達したときに初めて4基フル稼働します。さらにアイドリングからの急発進時には高圧用2基のみで過給するという変則的な運用が採用されています。つまり、4基搭載することで「使い分け」の選択肢が増え、あらゆる走行シーンに対して最適な過給ができるわけです。
複数ターボの仕組みを詳しく知りたい方には、こちらの解説記事が参考になります。
自動車エンジニア監修によるターボの数による違いと仕組みの詳細解説
クアッドターボ搭載車は、世界的に見てもかなり希少です。現時点でクアッドターボを採用した代表的な車をまとめると、以下のようになります。
| 車種 | エンジン | 最高出力 | 区分 |
|------|----------|----------|------|
| ブガッティ・ヴェイロン 16.4 | 8.0L W16 クアッドターボ | 1,001 PS | ガソリン |
| ブガッティ・シロン | 8.0L W16 クアッドターボ | 1,500 PS | ガソリン |
| ブガッティ EB110(1991〜1995年) | 3.5L V12 クアッドターボ | 560 PS(GTモデル) | ガソリン |
| BMW 750d xDrive(G11/G12) | 3.0L 直6 クアッドターボ | 400 PS | ディーゼル |
| BMWアルピナ XD3 | 3.0L 直6 クアッドターボ | 388 PS | ディーゼル |
| BMWアルピナ XD4 | 3.0L 直6 クアッドターボ | 388 PS(後期394 PS) | ディーゼル |
この顔ぶれを見ると面白いことが分かります。クアッドターボはスーパーカーやハイパーカーの専売特許ではないということです。BMWの7シリーズやアルピナのSUVのように、「日常使いも想定した高級サルーン・SUV」にも採用されています。
特にブガッティ EB110は1991年に登場した歴史的なモデルで、3.5L V12エンジンに4基の小型IHI製ターボを組み合わせていました。GTモデルで560PS、スーパースポーツ(SS)モデルでは611PSを発揮し、当時の市販車最速を競いました。生産台数はわずか139台で、当時の新車価格は約4,300万円。希少性という意味でも群を抜いた存在です。
一方、ブガッティ・シロンのW16クアッドターボは現代の頂点です。最高出力1,500PSというのは、一般的なコンパクトカーのエンジン(約100PS)が15台分に相当します。さらに最高速度490.48km/hという公道走行可能モデルとしての世界記録も叩き出しています。価格は約3億円とも言われています。
クアッドターボが主にディーゼルとハイパーカーという2つの方向性で発展してきた点が、技術的にも興味深いところです。
クアッドターボ最大のメリットは、広い回転域で力強いトルクを得られることです。これは理解しておくべき基本です。
通常のシングルターボは、タービンが効き始めるまでの間(低回転域)は過給の恩恵をほとんど受けられません。しかし複数のターボを回転域に応じて使い分ければ、アクセルを踏んだ瞬間から頼もしいレスポンスが得られます。BMW 750d xDriveのクアッドターボディーゼルは、最大トルク760Nmを2,000〜3,000rpmという低回転域から発揮します。
760Nmという数字をイメージしにくい方のために例えると、これは体重75kgの大人10人以上が一気に引っ張る力をクランクシャフト1mの位置に加えた場合の力と同等です。それが2,000回転という、ほとんど普通の市街地走行の回転数から発揮されるわけです。意外ですね。
BMWアルピナ XD4のクアッドターボ試乗レポートによれば、「滑らかに吹け上がりながらも力量感がある」「トルクもパワーも両方ある感じ」と評されています。これは小型ターボ(素早いレスポンス担当)と大型ターボ(高出力担当)が絶妙に連携することで実現されています。
そして見逃せないのが、燃費性能との両立です。BMW 750d xDriveのクアッドターボは、同じ3.0L直6ディーゼルにトリプルターボを組み合わせた従来型と比べて、最高出力を19PS・最大トルクを20Nm向上させながら燃費を11%も改善しています。燃費が悪くなるどころか、逆に向上している点が大きなポイントです。
ターボを増やすと燃費が悪化すると思いがちです。しかし実際には、複数の小型ターボで最適な過給をコントロールすることにより、無駄な燃焼を減らして効率が上がります。これが原則です。
高性能車の性能と燃費を両立させたい方にとって、クアッドターボディーゼルの搭載車は選択肢として非常に魅力的な存在と言えるでしょう。
クアッドターボは優れた技術ですが、当然ながらデメリットもあります。まず率直に言えば、複雑さが増す分だけコストも跳ね上がります。
車両価格の面では、クアッドターボを搭載したBMW 750d xDriveは2016年時点でも欧州価格で数千万円クラスのモデルに属します。アルピナ XD4に至っては国内価格1,200万円前後と、一般的な新車の5〜10台分の価格帯です。もちろんこれは車両本体の価格の話であり、維持費はさらに別途かかります。
維持費の観点では、ターボ車共通の課題であるオイル管理が特に重要になります。ターボチャージャーはエンジンオイルで潤滑・冷却されており、オイルの劣化はターボの寿命に直結します。4基搭載された場合、その分だけ熱的な負荷も複雑になります。痛いですね。
また、ガソリン系クアッドターボ(ブガッティ・シロンなど)は維持費の次元が根本的に異なります。シロンのタイヤは1本あたり約80万円とも言われており、4本交換すると約320万円。これだけで普通の国産車1台分の価格になります。さらに12ヶ月ごとの定期点検費用も数百万円規模が必要とされ、オーナーは相当の財力が前提となります。
もう一点、技術的な注意点として「パッケージング」の難しさがあります。4基のターボチャージャーを限られたエンジンルームに収めるためには高度な設計が必要です。BMW B57エンジンのクアッドターボは、2基の低圧ターボと2基の高圧ターボを直列6気筒という比較的コンパクトなエンジンに組み込むために、非常に精密なレイアウト設計が行われています。そのため一般的なショップでは修理や整備ができないケースも多く、ディーラーや専門店での対応が基本になります。
専門家向けのクアッドターボ解説も参考にどうぞ。
BMW B57クアッドターボとボルグワーナー製2ステージターボの技術詳細
ボルグワーナーの2ステージターボ「R2S」を載せるBMW直6ディーゼル|Motor-Fan TECH
クアッドターボを搭載する車を大きく分けると、ガソリンエンジン搭載のハイパーカーとディーゼルエンジン搭載の高級サルーン・SUVという2系統になります。この2つは、クアッドターボを採用する理由がまったく異なります。
ガソリンエンジンの場合、クアッドターボは純粋に「限界まで馬力を引き出す」ための手段です。ブガッティ・ヴェイロンのW16エンジンは8.0Lという巨大な排気量を持ちながら、4基のターボで1,001PSという数字を実現しました。W16エンジンの構造自体がユニークで、VR型の狭角8気筒を2組V字に並べたもので、タービン1基あたり4気筒を担当するシンプルなパラレル配置です。ガソリンエンジンにとってターボを多数使うことは、ノッキング(異常燃焼)のリスクが高まるため、技術的な難しさがより大きいとされています。
ディーゼルエンジンの場合は少し違います。ディーゼルはガソリンと違って燃料を高温・高圧の空気中に噴射して自然発火させる仕組みのため、ノッキングが起きにくく、高い圧縮比・高い過給圧との相性が良いです。さらに、複数ターボを使った細かい過給圧コントロールが、ディーゼルの排出ガス規制(NOx低減)にも有効なため、環境性能という観点でもメリットがあります。これが原則です。
つまりガソリン系クアッドターボは「究極のパワー追求」、ディーゼル系クアッドターボは「高出力・燃費・環境性能の三立」を目指すという、明確な方向性の違いがあります。
日本市場では欧州に比べてディーゼル車の普及が遅れており、BMW 750dのクアッドターボディーゼルも日本への正規導入は実現していません。一方ブガッティのシロンやヴェイロンは正規輸入されており、国内でも一部オーナーが存在します。日本でクアッドターボ車を選ぶ選択肢は現時点ではかなり限られている、というのが現実です。
クアッドターボという技術は、内燃機関エンジンの追求の中で生まれたある種の「極北」です。しかし現在、自動車産業はEV化・電動化という大きな流れの中にあります。では、クアッドターボの未来はどうなるのでしょうか。
まずガソリン系クアッドターボについて言えば、ブガッティ自身がW16クアッドターボエンジンの「最後」を意識し始めています。ブガッティ・ミストラル(W16 Mistral)は「W16クアッドターボを搭載した最後のオープンカー」として2023年に発表されました。最高出力1,600PS、最高速度453.8km/hを誇るこのロードスターは、内燃機関の集大成とも呼べる存在です。
一方でBMW系のディーゼル・クアッドターボは、電動化との融合という別の道を模索しています。複数ターボに電動モーター補助(電動ターボ)を組み合わせることで、ターボラグをさらに低減し、低回転域の応答性を高める「電動化ターボ」技術が実用段階に入っています。ボルボはすでにトリプルターボに電動ターボを組み合わせた技術を採用しており、この流れがクアッドターボの進化形にもつながる可能性があります。これは使えそうです。
複数ターボとハイブリッドシステムを組み合わせると何が起きるか。エンジン始動直後からモーターが電動ターボをアシストすることで、「ターボラグゼロ」に近い応答性と、従来以上の燃費性能が同時に実現できます。フェラーリ296 GTBやマクラーレン・アルトゥーラなどが採用する「小排気量ターボ+電動モーター」の組み合わせは、この思想の延長線上にあります。
クアッドターボそのものが今後急速に増えるかというと、その答えはやや懐疑的です。排気エネルギーの回収効率という観点では、ターボの数を増やすほど一基あたりの回収エネルギーが減っていくため、3基以上を搭載することのコストパフォーマンスが難しくなります。エンジニアリングの観点では「ターボを増やせばよい」という単純な話ではなく、複数基搭載の意味が成立するのは、特定の条件下(大排気量ガソリン、もしくは高出力・高環境性能が求められるディーゼル)に限られます。
今後は電動ターボ・ハイブリッドとの組み合わせで、少ない基数でより賢く過給する方向へと技術が進化していく可能性が高いです。クアッドターボはその意味で、内燃機関エンジンが辿り着いた一つの極点として歴史に刻まれていくでしょう。
ブガッティW16クアッドターボの最後を飾るモデルの詳細はこちら。
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