インホイールモーターバネ下重量と乗り心地や走行性能への影響

インホイールモーターはバネ下重量が増加するため乗り心地や走行性能に影響を与えます。この技術のメリットとデメリット、そして実用化に向けた課題とは何でしょうか?

インホイールモーターとバネ下重量

この記事で分かること
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バネ下重量の基礎知識

サスペンションより下の部品重量が乗り心地に与える影響を理解できます

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インホイールモーターの特徴

ホイール内にモーターを配置する次世代技術のメリットとデメリットを解説

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実用化への取り組み

バネ下重量増加に対する解決策と今後の展望をご紹介します

インホイールモーターとは何か


RONIN

 

インホイールモーターは、ホイールの内部に直接モーターを組み込んだ駆動システムです。この技術は従来のエンジンやトランスミッション、プロペラシャフトなどの複雑な駆動系を必要とせず、モーターが直接車輪を駆動する仕組みとなっています。電気自動車の次世代技術として注目されており、車両設計の自由度を大幅に高める可能性を秘めています。
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従来の自動車では、エンジンルームに配置されたモーターやエンジンから、トランスミッション、ドライブシャフトデファレンシャルギアなどを経由して車輪に動力を伝達していました。インホイールモーターはこれらの機械部品を不要にすることで、部品点数の削減と車両の軽量化を実現します。各車輪に独立したモーターを搭載するため、四輪それぞれを個別に制御できるという大きな特徴があります。
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この技術により、車両のパッケージングが革新的に改善され、室内空間の拡大や衝突安全性の向上といった新しい設計が可能になります。また、トルクの応答性が速く、制御も簡単であるため、トラクション制御や車両姿勢制御などの先進的な運転支援システムへの応用も期待されています。​

インホイールモーターのバネ下重量問題

バネ下重量とは、サスペンションのスプリングよりも下にある部品の合計重量を指します。具体的には、ホイール、タイヤ、ブレーキキャリパー、ブレーキローター、ハブ、サスペンションアームなどが該当します。これらの部品は車両の移動に応じて上下に振動するため、その重量が走行性能に直接影響を与えます。
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インホイールモーターの最大の課題は、このバネ下重量が大幅に増加することです。モーターをホイール内部に配置することで、従来のバネ下重量に加えて、モーター本体や制御システムの重量が追加されます。研究によると、最適な条件下では、バネ下重量を1ポンド(約450g)軽減することは、バネ上重量全体を最大20ポンド(約9kg)減少させることに相当する効果があるとされています。
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バネ下重量の増加は、車両のハンドリングと快適性に大きな影響を及ぼします。一般的に、バネ上重量とバネ下重量の適切な比率は2以上とされており、この比率が大きいほど乗り心地はより快適になります。しかし、インホイールモーターを搭載すると、バネ下重量が増加するため、この比率が悪化する可能性があります。量産化においては、バネ上重量とバネ下重量の比が6以上であれば、ダンパーのチューニングで日常使用の範囲ではほとんどその影響を感じないという知見も報告されています。
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インホイールモーターのバネ下重量問題について詳しく解説した専門記事

インホイールモーターが走行性能に与える影響

バネ下重量の増加は、車両の走行性能に複数の影響を与えます。まず、路面追従性の低下が挙げられます。バネ下重量が軽いほど、サスペンションは路面の凹凸に素早く反応でき、タイヤが常に路面に接地しやすくなります。しかし、重量が増加すると慣性が大きくなり、路面の変化に対する追従性が悪化します。​
ハンドリング性能への影響も顕著です。バネ下重量が軽いと慣性が小さくなるため、運動状態が変化しやすく、ステアリング操作に対する車両の応答性が向上します。一方、重量が増加すると、コーナリング時の車両の動きが鈍くなり、ドライバーの操作に対する反応が遅れる傾向があります。バネ下重量1kgの軽量化はバネ上10kgに相当する効果があるとよく言われますが、この数字に学術的な根拠はなく、体感的な効果の大きさを示すイメージとして理解すべきです。
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さらに、加速性能と制動性能にも影響があります。バネ下重量が減少すると慣性が小さくなり、同じ量の力でも車輪をより簡単に駆動できるようになり、素早い加速につながります。制動時も同様に、軽量なバネ下は停止しやすく、制動距離の短縮に寄与します。名古屋大学の研究では、バネ下重量の増加に伴い、バネ上の共振周波数が低下し、小さな周波数の路面入力に対して接地荷重変動が大きくなり、姿勢変化も大きくなることが報告されています。​

インホイールモーターが乗り心地に与える影響

乗り心地は、バネ下重量の影響を最も直接的に受ける要素の一つです。バネ下重量が軽いとサスペンションが柔軟になり、ショックスプリングとダンピングシリンダーが振動を素早く消散させることができます。これにより、路面からの衝撃が車内に伝わりにくくなり、快適な乗り心地が実現されます。​
逆に、バネ下重量が大きい場合、振動が十分に早く消散できずに室内に伝わり、快適性が低下します。インホイールモーターでは、一般的な車両のバネ下重量にモーターという大きな重量が加わるため、サスペンションとタイヤによる路面の凸凹による衝撃の吸収に過大な負担をかけてしまいます。これは特に、段差や不整路面を走行する際に顕著になります。
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ただし、インホイールモーターの場合、モーター制御によって乗り心地の問題は解決済みという見解もあります。東京大学の研究では、バネ上情報のみを用いた制御技術により、バネ下重量増加による乗り心地の悪化を補償する取り組みが進められています。また、適切なダンパーのチューニングと、バネ上・バネ下の重量比を最適化することで、実用レベルの乗り心地を確保できることも実証されつつあります。
参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/1910/15/news059.html

インホイールモーターのメリットとデメリット

インホイールモーターには、多くのメリットがあります。第一に、駆動系の簡素化による部品点数の削減が挙げられます。プロペラシャフトドライブシャフト、デファレンシャルギア、トランスミッションなどが不要になり、サプライチェーンが簡素化され、製造コストの削減や故障リスクの低減につながります。
参考)インホイールモーターとは|自動車用語を初心者にも分かりやすく…

高効率であり、構造も簡素で小型化が可能という特徴もあります。トルク特性が平坦で変速機を必要とせず、トルクの応答性が速く、制御も簡単です。各車輪を独立で駆動力制御できるため、トラクション制御や車両姿勢制御などに応用しやすいという利点もあります。一つのモーターが故障しても、他のモーターで継続運転が可能になるため、システムの安定性が向上します。​
さらに、車両デザインの自由度が高まるという大きなメリットがあります。モーターがホイールに内蔵されるため、従来エンジンルームに必要だったスペースを他の用途に活用でき、ユニバーサルデザインの実現や衝突安全性の向上が可能になります。​
一方、デメリットとしては、前述のバネ下重量の増加に加えて、冷却性能の課題があります。ホイール内は空間が限られており、熱がこもりやすいため、長時間・高負荷の使用で発熱による性能低下が懸念されます。油冷技術の採用など、効果的な冷却対策が必須となります。また、防水・防塵・耐衝撃性をクリアできるような設計も必要です。駆動する車輪それぞれにモーターを用意する必要があるため、開発・製造・部品のコストが高くなる傾向もあります。
参考)インホイールモータ入門|仕組みから用途まで基礎知識を理解 -…

項目 メリット デメリット
構造 駆動系が簡素化され部品点数削減
変速機不要で高効率
ホイール内にモーター配置で設計が複雑
重量 駆動系部品削減で車体軽量化 バネ下重量が大幅に増加
制御 各車輪独立制御で高度な走行制御可能
トルク応答性が速い
複雑な制御システムが必要
耐久性 一つ故障しても他で運転継続可能 防水・防塵・耐衝撃性確保が必須
冷却 - 限られた空間で熱がこもりやすい
油冷など特殊な冷却システム必要
コスト 部品点数削減で製造工程簡素化 各輪にモーター必要で高コスト

インホイールモーターバネ下重量対策の現状と将来性

バネ下重量増加という課題に対して、様々な技術的アプローチが研究開発されています。最も重要な対策の一つは、モーター自体の小型軽量化です。小型軽量モーターの開発が進めば、インホイールモーターが標準となる時代が来る可能性があり、その時代はすぐそこまでやってきていると言われています。
参考)クルマのバネ下重量 純正アルミホイールは重い? 走る性能と乗…

サスペンションの制御技術も重要な解決策です。アクティブサスペンションやセミアクティブサスペンションを組み合わせることで、バネ下重量増加による悪影響を電子制御で補償する取り組みが進められています。東京大学などの研究機関では、バネ上情報のみを用いた制御手法により、乗り心地の改善に成功している事例も報告されています。
参考)https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2005448/files/K-06937.pdf

モーターの配置方法を工夫するアプローチもあります。モーターを直接ホイールに組み込むのではなく、ハブの近くに配置し、柔軟なジョイントを介して駆動力を伝えることで、バネ下重量の影響を軽減しようとする「ハブモーター」方式が研究されています。この方式では、モーターをバネ下ではなくバネ上の要素として扱うことができます。
参考)インホイールモーターとは|自動車用語を初心者にも分かりやすく…

冷却と防水対策も進化しています。液体冷却システムの採用により、モーター内部に冷却液を通して効率的に熱を外部に排出する技術が一般的になってきています。また、高性能なシールの開発により、回転しながらも外部環境から完全に隔離できる耐摩耗性、耐熱性、耐候性に優れた特殊なシール材や構造が実用化されつつあります。​
実用化に向けては、日立製作所などが2030年を目標に社会実装を目指す動きがあります。海外勢による開発も活発になる中で、日本企業も競争力を持った製品開発に取り組んでいます。量産化されたインホイールモーターでは、バネ上とバネ下の重量比を6以上に保つことで、デメリットを上回るメリットを実現できることが実証されつつあります。
参考)来るかインホイールモーター、日立などが2030年実用化めざす…

インホイールモーターの社会実装に向けた日立製作所などの取り組みについて
量産が始まったインホイールモーターのバネ下重量対策について、デメリットを上回るメリットの詳細解説
インホイールモーターは、電気自動車の次世代技術として大きな可能性を秘めています。バネ下重量の増加という課題は確かに存在しますが、モーターの小型軽量化、高度な制御技術、最適な設計によって、実用レベルでの性能が実現されつつあります。部品点数の削減、駆動効率の向上、デザインの自由度など、従来の駆動方式にはない多くのメリットを持つこの技術は、今後の自動車業界に革新をもたらす可能性があります。2030年頃には実用化が本格化すると予想されており、車に乗る私たちにとって、より快適で効率的な移動手段が提供される日が近づいています。