1989年の第28回東京モーターショーで初披露されたトヨタ4500GTエクスペリメンタルは、伝説のスポーツカー「2000GT」の正統な後継機として開発されました。当時のトヨタは、バブル経済の絶頂期にあり、「高性能スポーツカーを造りたい」という明確なビジョンを掲げていました。
このプロジェクトは、単なるコンセプトカーではなく、世界市場で通用するグランドツーリスモの開発を目指していました。特に注目すべきは、「4人の乗員を乗せて300km/hでの巡行を可能とする次世代高性能スポーツカー」という野心的な開発テーマでした。
当時の日本の自動車業界では、3ナンバー車購入時の税制が物品税から消費税へと変更され、大排気量ハイパフォーマンスモデルへの注目が一気に高まっていました。この社会的背景も、4500GTの開発を後押しする要因となっていました。
4500GTの最も印象的な特徴は、その独特なエクステリアデザインです。一般的なクーペとは一線を画すシューティングブレーク型の外観を採用し、ルーフがステーションワゴンのように後部まで伸びた形状が特徴的でした。
このデザインは単なる奇抜さを狙ったものではありません。空気抵抗の軽減を徹底的に追求した結果、当時としては極めて優秀な空気抵抗係数Cd値0.29を実現していました。フロントオーバーハングの長い大胆なエクステリアと、リアに配置された四角い4連テールライトが迫力と個性を主張していました。
世界的なカーデザイナーからも高い評価を受けており、「このモデルが出てきた時、日本のカーデザインも一皮むけたと思った。うかうかしていられないと焦った」という某有名カロッツェリアのデザイナーのコメントが残されています。
インテリアについても、ドライバーを囲むようにデザインされたダッシュボードは、後の1993年に発売されたスープラ(2代目モデル)の先駆けともいえる造形が施されていました。
4500GTのパワーユニットには、車名の由来でもある4.5リッターV8 DOHC自然吸気エンジンがフロントに搭載されていました。このエンジンは最高出力300馬力を発揮し、6速MTと組み合わせて後輪を駆動するFR方式を採用していました。
エンジニアリング面では、5バルブV8エンジン、電子制御の後輪操舵システム、そして室内のこもり音を減少させるアクティブブーミングノイズキャンセラーなど、当時の日本車お得意のハイテク技術が惜しげもなく投入されていました。
軽量化の追求も徹底しており、各部にCFRP(炭素繊維強化プラスチック)やハニカム素材が採用され、ホイールやオイルパンなどにはマグネシウム素材が積極的に使用されていました。これらの技術により、車両重量1450kgという軽量化を実現していました。
特筆すべきは、エグゾーストサウンドへのこだわりです。当時の日本の自動車メーカーにとって、エグゾーストサウンドは無音に限りなく近づけるのが正義とされていましたが、4500GTでは世界に通用するグランドツーリスモとして、音響面でも新しいアプローチを取っていました。
4500GTの開発時期は、トヨタがレクサスブランドを立ち上げた1989年と重なっています。これは偶然ではなく、4500GTはレクサスブランドのフラッグシップモデルとしての素養を秘めていました。
特に北米市場においては、大排気量マルチシリンダーエンジン搭載のラグジュアリークーペの存在は、プレミアムブランドとしてマストな要素でした。4500GTは、まさに世界のプレミアム・ラグジュアリーカテゴリーで戦う上で求められるフラッグシップモデルの要件を満たしていたのです。
しかし、1990年3月に大蔵省より通達された「土地関連融資の抑制について」、いわゆる総量規制によって日本経済のバブルが崩壊し、多くのプロジェクトが「お蔵入り」となってしまいました。4500GTも例外ではなく、市販化への道は閉ざされることになりました。
もし4500GTがレクサスのフラッグシップとしてデビューしていたら、日本の自動車ブランドの歴史は大きく変わっていたかもしれません。
多くの人が知らない事実として、4500GTは現在でも現存していることが挙げられます。2020年には愛知県長久手市にあるトヨタ博物館の企画展示「30年前の未来のクルマ」展で実車が公開され、その存在が確認されました。
この展示では、1987年のトヨタGTVから時系列的に展示がスタートし、1989年の4500GTも含めて、トヨタの先進技術と遊び心を表現したコンセプトカーが一堂に会しました。
2025年4月には、オートモビル・カウンシルで35年ぶりに4500GTが姿を現し、新車同然にレストアされた状態で展示されました。このことは、トヨタが4500GTを単なる過去の遺物ではなく、重要な技術的遺産として位置づけていることを示しています。
海外の少量生産メーカーの試作車は特別なコントラクトの元にコレクターへと譲渡されることもありますが、日本の場合はそういったケースはほとんどありません。4500GTが博物館で大切に保管されていることは、日本の自動車文化の特徴を表しているともいえるでしょう。
そのエクステリアデザインは現代から見ても未来的で、仮にEVとして市販化しても納得してしまう先進的なルックスを持っています。これは、当時の開発陣の先見性を物語る証拠でもあります。