ダイナミックリアステアリング(DRS:Dynamic Rear Steering)とは、ハンドル操作と車速に応じて後輪の切れる角度を制御する先進的な4輪操舵システムです。この技術により、低速走行時の取り回し性、中速走行時の操舵応答性、高速走行時の安定性向上を実現しています。
参考)「DRS」をご存じでしょうか?
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従来の2輪操舵車では前輪のみで方向を変えていましたが、DRSでは後輪も能動的に操舵することで、車両全体の運動性能を大幅に向上させることが可能になりました。トヨタの新型クラウンシリーズやレクサスLSなどの高級車に標準装備され、走りの質を根本から変える技術として注目されています。
参考)https://kakakumag.com/car/?id=18869
DRSの中核となるのは、電気モーターによる後輪操舵機構です。かつての4WSシステムは機械式や油圧式でしたが、現代のDRSは電動モーターを採用することで、きめ細かく精密な制御を実現しています。
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システムは車速センサーとハンドル操舵角センサーから情報を取得し、瞬時に最適な後輪操舵角を計算します。制御コンピュータが前輪の操舵量と車両の走行状態を総合的に判断し、後輪に必要な舵角指令を送ることで、ドライバーの意図に沿った自然なハンドリングを生み出しています。
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低速域(約50km/h以下)では、後輪は前輪と逆方向(逆位相)に操舵されます。例えば右にハンドルを切ると、前輪は右に切れ、後輪は左に切れるという動きになります。この逆位相制御により、車両の旋回中心が車体の中心に近づき、最小回転半径が大幅に縮小されます。youtube
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中速域では、引き続き逆位相制御が行われますが、その目的は小回り性から操舵応答性の向上へと変化します。コーナリング時のノーズの入り方が軽快になり、キビキビとしたハンドリングを実現します。
参考)LEXUS ‐ LS|走行性能
高速域(約80km/h以上)では、後輪は前輪と同じ方向(同位相)に操舵されます。車線変更時などに前後輪が同じ向きを向くことで、車両全体が横方向にスムーズに移動し、どっしりとした高い車両安定性が得られます。
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最大のメリットは、大型車でありながら軽自動車並みの小回り性能を実現できる点です。例えばトヨタ・クラウンクロスオーバーは全長4,930mmという大柄なボディながら、DRSにより最小回転半径5.4mを達成しています。これはDRSなしの場合と比べて0.3~0.4m小さく、日常的な取り回しの利便性が格段に向上します。
高速道路での車線変更時には、同位相制御による安定性向上効果が顕著です。前後輪が同じ方向に切れることで、車両のヨーモーメント(回転運動)が適切にコントロールされ、ドライバーが意図した走行ラインをスムーズかつ安定して走れるようになります。
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さらに注目すべきは、タイヤの性能限界を引き出す効果です。コーナリング時に後輪を適切に制御することで、前輪外側タイヤの負担が軽減され、より高いコーナリングG(横加速度)で曲がることが可能になります。これはスポーツ走行時だけでなく、緊急回避時の安全性向上にも直結する重要な特性です。
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トヨタブランドでは、2022年に登場した16代目クラウンシリーズ(クロスオーバー、スポーツ)に全グレード標準装備としてDRSが採用されています。これはクラウンの走行性能を根本から変える重要な技術として位置づけられました。
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レクサスブランドでは、フラッグシップセダンのLSにダイナミックリヤステアリングが搭載されており、後輪転舵角を拡大した仕様となっています。LSではドライブモードセレクトでComfortモードを選択すると、DRS制御により後席乗員の動かされ感も抑制する快適性重視の制御が行われます。
海外メーカーでは、アウディがダイナミックオールホイールステアリング、メルセデス・ベンツやBMWの7シリーズ、ポルシェ911などの高級車クラスに同様の後輪操舵システムが採用されています。これらは各メーカーが独自の制御ロジックを持ちながらも、基本原理はDRSと同様です。
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後輪操舵技術の歴史は1980年代に遡ります。1985年に日産がスカイラインに搭載したHICAS(ハイキャス)が、市販乗用車初の4WSシステムとして登場しました。同時期にホンダもプレリュードに世界初の舵角応動型4WSを設定し、日本の自動車メーカーが競って開発を進めていました。
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しかし初期の4WSシステムには、「スネークフィーリング」や「コーヒーカップフィーリング」と呼ばれる操舵時の違和感が存在しました。これは低速時に車両の中心を軸として回転するような動きが発生し、ドライバーに不自然な感覚を与えていたためです。また機械式や油圧式のシステムは高コストでもあり、1990年代にはほとんどが姿を消しました。
参考)https://www.aisin.com/jp/technology/technicalreview/25/pdf/05.pdf
2000年代後半以降、電動モーターによる精密制御と制御ロジックの進化により、違和感のない自然な後輪操舵が可能になりました。現代のDRSでは、ドライバーが制御されていることをほとんど意識せず、ただ「よく曲がる」「安定している」という好印象だけが残るレベルまで完成度が高まっています。
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DRSは単独で機能するのではなく、VDIM(Vehicle Dynamics Integrated Management:車両運動統合管理システム)と連携して動作します。VDIMはエンジン、ブレーキ、ステアリングなどを統合的にコントロールする先進システムで、DRSもその制御対象の一つです。
参考)https://toyota.jp/crownsport/performance/index.html
例えば濡れた路面や雪道でコーナリングする際、VDIMは車両が横滑りしそうな状況を予測し、ドライバーが不安定さを感じる前から制御を開始します。このときDRSによる後輪操舵、VSC(横滑り防止装置)によるブレーキ制御、TRC(トラクションコントロール)によるエンジン出力制御などが協調して働き、理想的な車両挙動を実現します。
ドライブモードセレクトでSPORTモードを選択すると、DRSは逆位相制御をより高い速度まで保持する設定に変わります。これによりスポーツ走行時の軽快なハンドリングが強調され、ドライバーの走る楽しみを高めます。
DRSの技術は今後さらなる進化が期待されています。現在のシステムでは後輪の最大転舵角は約4度程度ですが、トヨタの開発エンジニアは将来的にさらに拡大する可能性に言及しています。転舵角が大きくなれば、さらに小さな最小回転半径や、より高度な車両制御が可能になります。
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自動運転技術との融合も重要なテーマです。自動駐車システムへの応用はすでに始まっており、狭いスペースでの駐車を支援する際にDRSの小回り性能が活用されています。完全自動運転の実現には、緊急回避など極限状態での車両制御が必須ですが、DRSは前輪操舵だけでは実現できない高度な車両姿勢制御を可能にします。
参考)Redirecting...
また電動化との相性の良さも注目点です。電気自動車やプラグインハイブリッド車では、前後に独立したモーターを配置することが一般的になりつつあります。このような車両構造では、DRSによる後輪操舵と後輪モーターによるトルク制御を組み合わせた、より高度な統合制御が可能になり、走行性能と安全性の両面でさらなる進化が期待されます。
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参考リンク。
トヨタ公式サイトでは、DRSの動作原理や搭載車種の詳細情報が確認できます。
トヨタ クラウン(スポーツ)走行性能
レクサス公式サイトでは、LSに搭載されたダイナミックリヤステアリングの技術解説を見ることができます。
レクサスLS 走行性能
ホンダの技術情報サイトでは、4WSシステムの歴史的な技術開発の経緯が詳しく解説されています。