ベンチュリー車の歴史・スペック・EV進化を徹底解説

フランス生まれのスポーツカーメーカー「ベンチュリー」とは何か?MVS時代の名車から400GT、フォーミュラE参戦、EV世界最速記録まで、知られざる魅力を深堀りして解説。あなたはベンチュリーの真の実力を知っていますか?

ベンチュリー車の歴史・スペック・EVへの進化を徹底解説

ベンチュリーはフランス生まれでも、現在の本拠地はモナコです。


🏎️ この記事でわかること
🇫🇷
ベンチュリー車の誕生と歴史

1984年フランスで誕生。「フェラーリに対抗できるフランス車を」という熱い想いから始まったMVS時代の設立背景と、モナコへの移転までの変遷。

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名車モデルのスペックと特徴

アトランティーク300・400GT・600LMなど、各モデルの詳細スペックや設計思想、ル・マン参戦の実績まで詳しく解説。

EV時代のベンチュリーと世界記録

2001年以降はEV専業メーカーとして変貌。EV世界最速記録549km/h樹立やフォーミュラE初年度参戦など、最先端の挑戦を紹介。


ベンチュリー車の誕生とMVS時代の始まり


ベンチュリーという名を聞いて、ピンとくる人はそれほど多くないかもしれません。しかし、1980〜90年代のスポーツカーシーンを追っていた人なら「フレンチ・フェラーリ」と呼ばれたあの存在感は忘れられないはずです。


ベンチュリーの前身は、1984年にフランスのユーリエ(スポーツカー向けパーツメーカー)に在籍していた2人のエンジニア、クロード・ポワローとジェラール・ゴッドフロワによって設立されたMVS(Manufacture de Voitures de Sport=スポーツカー製造会社)です。彼らの夢はただひとつ。「ポルシェやフェラーリに対抗できるフランス車を作ること」でした。


しかし、創業直後から資金難に直面します。最初に組み合わせたエンジンはなんと、フォルクスワーゲン・ゴルフGTI用というあの名車らしからぬ出発点でした。その後プジョー505用ターボエンジンに換装し、最終的にはプジョー・ルノーボルボが共同開発したPRV(Peugeot-Renault-Volvo)製2.5リッターV6エンジン(210馬力)を縦置きミッドシップに搭載した形でようやく量産1号車が1987年に完成。日本にも同年輸入が始まりました。


つまり設立から量産まで約3年かかったということですね。


設計監修には、1980年のル・マン24時間レースを自らの名を冠したマシンで優勝した唯一のドライバー、ジャン・ロンドーが参加。これにより、走行性能も当初のイメージを大きく超えるものになりました。シャシーは鋼板バスタブ構造にFRP製ボディを組み合わせるという、小規模スポーツカーメーカーらしい堅実な設計です。前後ダブルウイッシュボーンサスペンションを採用し、コーナリング性能を重視した本格的な作りになっています。









モデル名 エンジン 最高出力 0-100km/h
MVSベンチュリー(初代) PRV 2.5L V6 210馬力 約6.9秒
ベンチュリー260 PRV 2.8L V6ターボ 260馬力 約5秒台
アトランティーク300ビターボ PSA 3.0L V6ツインターボ 310馬力 約4秒台
400GT(最強モデル) 3.0L V6ツインターボ 412馬力 4.1秒


参考:ベンチュリーのモデル一覧と基本情報(Wikipedia)
ヴェンチュリ - Wikipedia(設立経緯・車種一覧・レース活動)


ベンチュリー車の主要モデルとスペックの特徴

1990年代に入り、ベンチュリーはミッドシップスポーツカーとして本格的な進化を遂げました。1991年に登場したアトランティーク260は、グラスファイバー製ボディにリトラクタブルヘッドライトを採用した、いかにも空力を意識した優美なフォルム。2.8リッターV6エンジンで260馬力を発生し、車重わずか1,110kgとの組み合わせで最高時速269km/hを達成しています。


1994年にはフルモデルチェンジに近い変貌を遂げたアトランティーク300が登場。エンジンはルノー・アルピーヌA610と同型の3リッターV6ターボで281馬力。その後1998年にはツインターボ化されて310馬力まで強化されました。この頃、英BBCの自動車番組「トップギア」の司会ジェレミー・クラークソンがこのモデルを「もっともエキサイティングなスポーツカー2台のうちの1台」と絶賛しています。これは使えそうです。


そしてブランドの頂点として君臨したのが、1994年発表の400GTです。3リッターV6ツインターボで最高出力412馬力、最高速度293km/h(一部カタログでは350km/hとも)、0-100km/h加速4.1秒という数値は、当時のフェラーリやポルシェと直接比肩できる水準でした。ロードカー仕様はわずか10台前後しか生産されておらず、現在は世界的に見ても極めて希少な存在です。


希少すぎますね。


ル・マン参戦仕様の600LMモデルも存在し、1993年のル・マン24時間レースに初出場を果たしています。ほかにもワンメイクレース「ジェントルマン・ドライバーズ・トロフィー」専用のベンチュリー400トロフィーが製作されるなど、市販車とレースカーを同一プラットフォームで展開するという、ブランドとしての骨太な姿勢が見られました。


ただし、最終的な総生産台数は全モデル合計700台にも満たず、経営危機から逃れられませんでした。96年に一度買収され、2000年には正式に倒産。その消え方はあっさりとしたものでしたが、16年間にわたって情熱を燃やし続けたことは、小規模スポーツカーメーカーとしては十分に誇れる歩みといえるでしょう。


参考:ベンチュリー400GTや各モデルの詳細スペック解説
かつてF1参戦やスーパーカーメーカーで知られたヴェンチュリー(WEB CARTOP)


ベンチュリー車とF1参戦・片山右京との意外なつながり

ベンチュリーという名前は、日本のモータースポーツファンにとってF1と切り離せない記憶と結びついています。それが知られざる接点です。


1992年、経営危機にあったベンチュリーはF1チームのラルース(Larrousse)を買収。スポーツカーメーカーがF1チームを丸ごと抱えるという異色の展開でした。このシーズン、同チームには鈴木亜久里選手と片山右京選手が在籍し、マシン名は「ヴェンチュリー・LC92」、エンジンはランボルギーニ製でした。日本のファンが必死に応援したあの緑のマシンが、ベンチュリーブランドを冠していたのです。


結果は1シーズン限りで撤退となり、成績面でも際立ったものは残せませんでした。しかし、小さなフランスのスポーツカーメーカーがF1のトップシーンに名乗りを上げたその一点だけで、ブランドの反骨精神は十分に伝わってきます。


なお、この時期のベンチュリーはレース車体と市販車の関係が薄く、あくまでスポンサー・オーナーとしてF1参入を果たしたに過ぎません。この点は意外ですね。


独自視点として注目したいのは、ベンチュリーというブランド名そのものが持つ物理的な意味との符合です。「ベンチュリ効果」とは、流体が狭い管を通る際に流速が上がり圧力が下がる現象のこと。レーシングカーにおいては、車体底面に設けたベンチュリトンネルに気流を通すことで強力なダウンフォースを生み出す「グランドエフェクト」に応用されています。F1が1970〜80年代に採用し、後に禁止されたこの技術は、2022年のレギュレーション改定で再解禁されました。ベンチュリーという名を冠したメーカーがF1に参入したことは、その意味で単なる偶然ではないような気もします。



  • ベンチュリ効果:狭い管を流体が通ると流速が上がり、気圧が下がる物理現象

  • グランドエフェクト:ベンチュリ効果を車体底面に応用し、強力なダウンフォースを発生させる技術

  • F1では1970〜80年代に採用→危険性から禁止→2022年に再解禁

  • 市販車でも車高を下げるとダウンフォースが増加する原理として応用されている


グランドエフェクトが条件です。知っておくとF1観戦がより深く楽しめます。


参考:グランドエフェクトとベンチュリ効果の詳細解説
F1で2022年に解禁された「グランドエフェクトカー」ってそもそも何?(WEB CARTOP)


ベンチュリー車のEV転換と世界最速記録への挑戦

2000年に一度倒産したベンチュリーですが、翌2001年にモナコの大富豪ギルド・パランカ・パストール氏が買収。ここからベンチュリーは全く異なる方向へ舵を切ります。それがEV(電気自動車)への完全シフトです。


パストール氏はただの投資家ではありませんでした。フランスで法律、イタリアで経済学、そして米国のMITで不動産建設を学んだ経歴を持ち、1985年から1999年まで現役レーシングドライバーとして活躍した人物です。1995年にはブガッティEB112で氷上最高速度315km/h・平均速度296km/hという記録も持っています。つまり自動車の技術と情熱を深く理解したオーナーが、あえてEVに賭けたということです。


これが原則です。


2004年、ベンチュリーは独自開発のリチウムイオンポリマー電池を搭載した2シーターEVオープンカー「フェティッシュ(FETISH)」を発表。最高出力220kW(300馬力)、0-100km/hが4秒、航続距離340kmというスペックは、当時のEV観を根本から覆すものでした。スマートフォンがまだ存在していなかった時代の話です。


そして2016年、ベンチュリーはオハイオ州立大学と共同で開発した速度記録車「VBB-3(Venturi Buckeye Bullet 3)」で、FIA公認の電気自動車世界最速記録を樹立しました。その速度はなんと時速549km/h(約341mph)。最高出力2,200kW、すなわち約2,950馬力という数値のマシンがボンネビルソルトフラッツ(米国ユタ州)を駆け抜けた瞬間です。この記録は東名高速道路の制限速度(110km/h)の約5倍に相当します。



  • VBB-3の最高出力:2,200kW(約2,950馬力)

  • 公認世界記録速度:549km/h(FIA認定)

  • 記録樹立場所:米国ユタ州 ボンネビルソルトフラッツ

  • 東名高速道路の制限速度の約5倍に相当


痛いほどのスケールの違いですね。


また、2005年には太陽光・風力発電の両方に対応した自立型都市EVコンセプト「エクレクティック(ECLECTIC)」、ミシュランと共同開発した4輪独立モーター搭載のフルEVコンセプト「ヴォラージュ(VOLAGE)」なども発表。ガソリンスポーツカー時代とは一線を画すイノベーター像を強く打ち出しています。


参考:EV世界最速記録とベンチュリーの取り組み詳細
ベンチュリ VBB-3 電気自動車世界最速記録の記録映像・機材について(ENTANIYA)


ベンチュリー車のフォーミュラE参戦と日本での入手事情

電動化へのシフトをさらに加速させたのが、フォーミュラE(FIA公認の電動フォーミュラカーレース世界選手権)への参戦です。ベンチュリーは2014年の初シーズンからエントリーした最初期のチームのひとつであり、EV技術の本気度を証明する場として活用してきました。


2015-16年シーズンからは独自開発のパワートレインの使用が認められ、ベンチュリーも独自の電動ユニットを開発。その後、2019-20年シーズンにはメルセデスAMGの高性能パワートレインを採用し、競争力が一気に高まりました。2021-22年シーズンでは年間8勝を挙げ、コンストラクターチャンピオンシップで2位という快挙を達成しています。


その後2022年、ベンチュリーは「モナコ・スポーツ・グループ(MSG)」への合流とともにブランドを変更。マセラティ・MSG・レーシングとしてフォーミュラEに参戦するかたちに移行しています。現在はベンチュリーの名はフォーミュラEシーンから退きましたが、その技術的遺産は続く活動に受け継がれています。


ではベンチュリー車は日本で入手できるのでしょうか?


MVSベンチュリーや各アトランティークモデルは、2000年頃まで国内でアストンマーティンの輸入代理店だったアトランティック商事が取り扱っており、右ハンドル仕様も用意されていました。当時の正規販売価格は高額だったものの、現在の中古車市場においては国内外合わせてもごく少数しか流通していません。グーネットなどの中古車サイトでも在庫が1〜数台程度しか確認できないほどの希少性です。


入手を検討する場合は輸入車専門の買取・販売業者経由が現実的です。ただし整備に関しては専門知識が必要なため、維持コストも通常のスポーツカーよりかなり高めになる点は覚悟が必要です。



  • 日本での正規輸入:アトランティック商事が担当(2000年頃まで)

  • 右ハンドル仕様:アトランティーク・アトランティーク300に用意あり

  • 現在の国内流通台数:数台程度(非常に希少)

  • 維持費:部品供給が限られ、整備費が割高になる傾向


参考:ベンチュリーの日本国内流通状況と中古車情報
ベンチュリー(べんちゅりー)とは|グーネット中古車 用語解説




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