2035年のEVシフトは完全義務ではなく、今もガソリン車を新車で買える抜け道がある。
欧州グリーンディール(European Green Deal)が正式に発表されたのは、2019年12月11日のことです。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が就任直後に打ち出した、EU史上最大規模の環境・経済政策と言われています。
この政策の核心は、2050年までにEU域内の温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にするというものです。単なる排出削減の目標ではなく、経済成長と環境保護を同時に達成する「新しい成長戦略」として位置付けられました。
大きな出発点として理解しておくべきなのが、この計画は「宣言」だけで終わらなかった点です。2021年に「欧州気候法」として法制化されたことで、2050年カーボンニュートラルが法的拘束力を持つ義務となりました。宣言から法律になった、ということですね。
2030年の中間目標も同時に設定されており、1990年比で温室効果ガスを55%削減することが定められています。1990年比55%削減というのは、2019年の水準からさらに約40%削減することと同義です。これは東京から大阪間(約500km)を走るためのガソリンを、0.6リットル分にまで絞り込むくらいの大胆な目標に例えられます。
欧州グリーンディールが自動車業界にとってこれほど重大なのは、EU域内で車を売る全メーカーに直接影響が及ぶからです。日本のトヨタ、ホンダ、日産なども欧州市場で販売する以上、無関係ではいられません。
EU MAG「脱炭素と経済成長の両立を図る『欧州グリーンディール』」|欧州グリーンディールの目標と政策全体像をわかりやすく解説
欧州グリーンディールが発表されてから約2年後、2021年7月に「Fit for 55」と呼ばれる政策パッケージが提案されました。これが自動車業界を直撃した規制の正体です。
Fit for 55とは、前述の「2030年までに温室効果ガス55%削減」を実現するための具体的な法律・規制の束のこと。自動車に関しては、乗用車から排出されるCO2を2035年までに2021年比で「100%削減」という驚異的な目標が盛り込まれました。
この規制には罰金制度が設けられています。自動車メーカーのフリート平均CO2排出量が規制値を1g/km超過するごとに、その年に販売した新車1台につき95ユーロ(約1万5千円)の罰金が科せられます。厳しいですね。
たとえば100万台を欧州で販売するメーカーが目標を1g/km超えただけで、95ユーロ×100万台=950億円超の罰金が発生します。これは1台あたりの超過で計算されるため、売れるほどリスクが高まるという構造になっています。
2025年初頭の時点で、EU内でCO2目標値をクリアできていたのはテスラとボルボ・カーの2社のみでした。日本メーカーを含む多くのメーカーは基準値に達していなかったことが報告されており、これがいかに厳しい規制かを物語っています。
ただし、2025年5月に欧州議会は2025年・2026年・2027年の3年間について罰金を免除する猶予措置を認可しました。猶予が条件です。完全に廃止されたわけではなく、期間内に達成の見通しを示せるかが今後の焦点になります。
自動車業界協会「欧州でCO2排出規制強化 日本メーカーは目標値はいまだ遠く」|2025年時点でのメーカー別規制達成状況を具体的に解説
「2035年以降、EUでガソリン車は買えなくなる」——この言葉を一度は聞いたことがある方も多いでしょう。ところが2025年12月16日、EU欧州委員会はこの方針を事実上撤回する提案を発表しました。意外ですね。
ただし、完全な白紙撤回ではありません。ここが重要なポイントです。
撤回後に認められる条件は以下のとおりです。
大事なのは「e-fuelしか入らないシステムを搭載すること」という条件の重さです。EUの修正案では、2035年以降に販売されるエンジン車には「e-fuel以外の燃料(ガソリンなど)を入れるとエンジンがかからないセンサーやシステムの搭載」を義務付ける方針が議論されています。ガソリンスタンドでうっかりガソリンを入れても動かない、という設計が求められるわけです。
この提案は欧州議会の正式承認が必要であり、2026年3月時点ではまだ審議中です。規制の最終形は現在進行形で変わり続けています。
ロイター「情報BOX:EUのガソリン車販売禁止撤回、柔軟運用で35年以降も継続」|2025年12月の方針変更の詳細と条件を整理した信頼性の高い解説記事
エンジン車存続の「切り札」として登場したe-fuelですが、これは車好きにとってどんな意味を持つのでしょうか?
e-fuelとは、大気中や工場排気からCO2を回収し、再生可能エネルギー由来の水素と化学合成して作る液体燃料のことです。「液体太陽光」とも呼ばれています。燃焼時にCO2を出しますが、製造時に同量のCO2を回収しているため、トータルで「カーボンニュートラル」と見なされます。
つまり、エンジンの音も排気の匂いも「そのまま」に、カーボンニュートラルを実現できる技術です。ガソリンエンジンのフィーリングを失わずに脱炭素化できるこの発想は、多くのスポーツカーメーカーに希望を与えました。ポルシェやフェラーリが特にe-fuelの研究・普及に積極的な理由はここにあります。
現時点でのe-fuelの課題はコストです。1リットルあたり数百円から数千円というのが現在の製造コスト。これが2035年までにガソリン並みの価格帯(リッター150〜200円程度)に下がるかどうかが、現実的な普及のカギを握っています。
一方で日本メーカーにとっては、以前からの「マルチパスウェイ(全方位)戦略」が欧州にも認められた形です。EV・ハイブリッド・水素・合成燃料すべてに投資してきたトヨタのスタンスが、今や欧州でも現実的な戦略として再評価されています。これは使えそうです。
自動車業界協会「EU方針転換、2035年の内燃機関車禁止撤回 なお厳しい条件付き」|e-fuelを含む条件の詳細と日本メーカーへの波及効果を解説
欧州の話だからと他人事に思っていると、実は自分の愛車選びや将来の中古車市場に影響が出ることがあります。
① 欧州EUバッテリー規則が日本のEV価格を動かす
2025年2月18日から、EU向けEVバッテリーのカーボンフットプリント(製造時のCO2排出量)の申告が義務化されました。2027年2月からはバッテリーパスポート(電池の来歴・成分・リサイクル情報を記録したデジタル証明)の取得も義務化される予定です。
日本メーカーがEVをEU向けに輸出するためには、バッテリーの製造工程全体のCO2データを開示する必要があります。このコストは最終的に車両価格に転嫁される可能性があり、EUで売れなければ生産規模が縮小し、日本国内向け価格にも跳ね返るリスクがあります。
② ガソリン車の「資産価値」が変わる可能性がある
2035年以降もe-fuelを使える車がEUで新車として販売されるなら、現在すでに走っている内燃機関車の中古市場への影響も出てきます。「2035年で終わり」と思い込んで今のガソリン車を早々に手放すのは、早計かもしれません。EUでのルールが固まる前に売却の判断をするのは損になる可能性があります。
③ 炭素国境調整メカニズム(CBAM)は自動車部品にも波及しうる
CBAMとは、CO2削減に消極的な国からEUへ輸入される製品に「炭素課税」を課す仕組みです。現在の対象は鉄鋼・セメント・アルミニウム・肥料・電力ですが、将来的な対象拡大の可能性も指摘されています。日本製自動車部品の輸出コストが上昇すれば、最終的には自動車本体の価格にも影響してきます。
三点、知っておくだけで車の買い替えタイミングや車種選びの判断が変わります。知ってると得な情報です。欧州グリーンディールは「遠い外国の話」ではなく、日本のカーライフに直結した動きとして捉えることが大切です。
JETRO「欧州グリーン・ディールの概要と循環型プラスチック戦略」|炭素国境調整メカニズムを含む政策全体の詳細解説(権威性の高い公的機関資料)