神奈川県横浜市にある大黒埠頭は、首都高大黒パーキングエリア(PA)から見下ろすことができる立地特性により、長年にわたって「走り屋の聖地」として知られてきました。この地域では深夜から未明にかけて、タイヤを横滑りさせながら走る危険なドリフト走行が後を絶たない状況が続いています。
違法ドリフトが行われる主な場所は、横浜ベイブリッジの真下にある交差点近辺で、22時から翌6時までは直進のみで右折も左折もUターンも禁止という交通規制が敷かれているにも関わらず、違法行為は継続されています。
これらの行為は単なる交通違反にとどまらず、以下のような深刻な問題を引き起こしています。
特に注目すべきは、大黒PAから見物するギャラリーの存在です。違法ドリフトを見るために大勢の見物客が集まり、中には「行けー!」「もっとやれー!」のように大声で暴走行為をあおる人達もいます。
2025年6月には、神奈川県警による大規模な不正改造車の一斉取締りが実施されました。この取締りでは、大勢の警察官が出動し、改造車の疑いのある車両のマフラーの排気音や車高などが基準値を超えていないかを厳格にチェックしました。
取締りの具体的な内容は以下の通りです。
検査項目
検査で不正改造が発見された車両には「整備命令書ステッカー」がフロントガラスに貼られ、15日以内に保安基準に適合するよう改善作業を行う必要があります。指定期日までに改善を行わず、確認を受けないまま走行したり、許可なくステッカーをはがしたりすると、最大6ヶ月間の車両使用停止、最悪の場合には車検証とナンバープレートが没収される厳しい処分が下されます。
2021年6月26日から27日にかけて実施された大黒PAでの特別街頭検査では、27台の四輪車を検査し、そのうち25台に整備命令書が交付されるという高い違反率を記録しました。この結果は、大黒埠頭に集まる車両の多くが何らかの不正改造を施していることを物語っています。
大黒埠頭での違法ドリフト問題において、見過ごされがちなのがギャラリーの存在です。神奈川県では2003年から2004年にかけて「暴走族等の追放の促進に関する条例」を制定し、県内5か所を暴走行為助長禁止重点区域に指定しました。
暴走行為助長禁止重点区域
大黒埠頭は鶴見地区に含まれており、「指定区間の道路の区域に接する線から30メートル以内の区域」も対象となっています。これにより、大黒PA内の展望広場から声援などを送る「あおり行為」を行って警官の中止命令に違反した場合は、5万円以下の罰金が科せられることになります。
ギャラリーによる問題行為には以下のようなものがあります。
首都高と警察は対策として、2023年12月にレンガ風の塀の上に高さ1.2メートル以上のフェンスを設置しましたが、すぐにフェンスの上から見るギャラリーが現れ、効果は限定的でした。
大黒埠頭が「走り屋の聖地」として知られるようになった背景には、1990年代から2000年代にかけて人気を博したゲーム「首都高バトル」シリーズの影響があります。このゲームでは大黒PAが重要なスポットとして登場し、多くの自動車愛好家にとって憧れの場所となりました。
当初は改造車の展示会のような雰囲気もあり、バニング車両(装飾を施したバン)なども多く集まっていました。しかし、時代の変遷とともに、単なる車両展示から実際の走行行為へとエスカレートし、現在の違法ドリフト問題へと発展してしまいました。
大黒埠頭の変遷
この歴史的背景を理解することで、単純な取締り強化だけでは根本的な解決が困難である理由が見えてきます。自動車文化の一部として根付いた側面もあるため、適切な代替手段の提供や文化的な転換が必要とされています。
大黒埠頭での違法ドリフト問題の解決には、多角的なアプローチが必要です。現在実施されている対策と今後期待される取り組みを整理すると以下のようになります。
現在実施中の対策
今後期待される対策
特に重要なのは、単純な禁止や取締りだけでなく、自動車愛好家の情熱を合法的な方向に導く仕組みづくりです。サーキットでのドリフト体験イベントや、技術向上を目的とした安全な練習環境の提供などが考えられます。
また、外国人観光客の増加に伴い、日本の交通ルールや自動車文化について正しい理解を促進することも重要な課題となっています。大黒埠頭での違法行為が日本の自動車文化全体のイメージを損なうことがないよう、適切な情報発信と教育が求められています。
神奈川県警の担当者は「暴走行為をあおる行為については、県下全域に見られるわけではなく、またギャラリーが行うあおり行為の実態も常に変化している」と述べており、状況に応じた柔軟な対応が継続的に行われています。
大黒埠頭の問題は、現代の自動車文化における光と影を象徴する事例といえるでしょう。技術への情熱と安全性の確保、個人の楽しみと社会的責任のバランスを取ることが、今後の課題解決の鍵となります。