バイク乗車時の「キープレフト」という言葉は、教習所や免許センターで繰り返し聞かされるものです。しかし、道路交通法には「キープレフト」という言葉が実は存在しません。この用語は俗称であり、道路交通法第17条で定められた左側通行を遵守するという概念から生まれた言葉です。日本の道路は左側通行が原則であり、この基本ルールをキープレフトと呼んでいるにすぎないのです。
多くのライダーはキープレフトを「道路の左端を走行すること」だと認識していますが、これは大きな誤解です。道路交通法第18条では、「車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、自動車及び一般原動機付自転車にあっては道路の左側に寄って」走行するよう規定されています。注目すべきは「左側に寄って」という表現であり、「左端」ではないということです。排気量50cc以下の原付一種のみが、道路の左側端に寄ることを義務付けられています。
キープレフト走行のメリットとして、対向車との衝突を防ぐことや、後続車が追い越しや右折をしやすくなることが挙げられます。教習所でも安全運転指導の一環として、このルールが強調されるのです。しかし、法的な解釈と実際の安全運転のあるべき姿は、必ずしも一致しない場合があります。
バイクが道路の左端に寄りすぎて走行している場合、後続の自動車ドライバーが危険な判断をする可能性が高まります。多くのドライバーは、左端に寄ったバイクを見ると「道を譲ってくれている」と誤解し、センターラインを越えての追い越しや追い抜きを試みます。これは追い越し禁止区間であっても起こりうる行為です。
追い越し禁止のセンターラインが黄色の道路では、自転車の追い越しのみが法的に認められています。しかし、バイクの追い越しは明確な違反行為です。それにもかかわらず、キープレフト走行をするバイクの存在が、後続車に違法な追い越しを誘発するという矛盾した状況が生じているのです。実際のところ、こうした違法追い越しが摘発されることは極めて稀ですが、この現象はバイク走行の安全性に重大な問題を示唆しています。
左端走行によって後続車に「追い越し可能」という誤った信号を送ることは、双方の安全を脅かすものです。バイクが車線の左端を走行することで、ドライバーの心理状態が変化し、無理な追い越しが正当化されると感じられてしまう傾向があります。この悪循環を断ち切るには、バイク運転者が適切な走行位置を選択することが不可欠なのです。
一般的に認識されていない重要な要素として、日本の道路構造があります。日本の多くの道路は、中央付近が高く、路肩に向かって低くなるように設計されています。これは雨水の排水を効率よく行うためのものですが、この構造によって予想外の危険が生じるのです。路肩に流れ込んだ雨水には、釘、ガラスの破片、金属片といった異物が混在して流れ込みます。左端に寄りすぎて走行するバイクは、これらの異物が集中しやすい路肩領域を通過することになるのです。
特に雨の日や悪天候時には、パンクのリスクが飛躍的に増加します。バイク運転者の多くは、左端走行によって対向車との接触を回避できると考えていますが、実際には異物による路上トラブルの方が遭遇する確率が高い可能性があります。また、路肩に堆積した落ち葉やゴミも、バイクの安定性を損なう要因となります。
さらに問題は、これらの路面上の危険物について、バイク運転者が十分な認識を持っていないという点です。左端走行が「安全」という固定観念に支配され、実際の路面環境の危険性を見過ごしているケースが多いのです。
キープレフト走行によるもう一つの致命的な危険性が、左折する車との衝突です。前方の車が左折を開始する際、バイクが左端に寄りすぎていると、運転手の死角に完全に隠れてしまう可能性があります。特に大型トラックやバスの場合、左折時の視認範囲は著しく制限されるため、左側に密着したバイクはドライバーから見えなくなることがあります。
警視庁の統計によれば、二輪車の死亡事故の約4割が「右左折時」に集中しています。そのうち、左側からのすり抜けや左端走行によるバイクの事故が占める割合は無視できません。2023年に発生した事例では、左車線を走行中の大型貨物車の左側をすり抜けようとしたバイクが、左折時に接触して転倒し、運転者が亡くなっています。トラック運転手は「バイクに気づかなかった」と述べており、これはキープレフト走行の象徴的な危険性を示しています。
ライダー本人が「行ける」と判断しても、相手の運転手から「見えない」という状況が常態的に発生するのが、左寄り走行の最大の問題点です。バイクの小さなボディサイズは、こうした視認性の問題を深刻化させる要因になるのです。
最近の交通安全研究では、バイクの安全走行位置として「キープセンター」、つまり車線の中央寄りを走行することが提唱されています。これは従来のキープレフト理論に対する根拠ある反論です。車線内の中央を走行することは、道路交通法上の違反ではなく、むしろ複数の安全メリットをもたらします。
中央寄り走行によって、後続車は「追い越しは不可」という明確な信号を受け取ります。結果として、無理な追い越しや追い抜きが減少するのです。また、左折車のドライバーから見えやすくなるため、左折時の接触事故のリスクも軽減されます。さらに、左端の異物や危険物を避けることで、パンクや転倒のリスクも回避できるのです。
実際、バイクが道路の中央から少し左寄り程度の位置を走行することで、後続車、対向車、そして左折する車のいずれからも視認性が向上します。この走行位置は、キープレフトの本来の目的である「安全な走行」を実現する最適解と言えるでしょう。複数の安全要因を総合的に判断すれば、極端な左端走行は古い常識であり、現代の交通状況に適応した中央寄り走行への転換が必要なのです。
バイクが左端に寄りすぎて走行することによって、脇道や店舗駐車場からの飛び出し車両との距離が急速に縮まるという問題があります。特に細街路や市街地では、左端走行が致命的な危険をもたらす場合があります。駐車場から右に曲がって出てくる車両ドライバーの視点から考えると、左端に寄ったバイクは、想定より急に接近してくるように感じられるのです。
このシナリオは、特に午前中や夕方の商業地域で頻繁に発生します。駐車場の出入り口の視認性は元々悪く、ドライバーは右方向の交通を確認することに注力しています。その隙をついて左端を走行するバイクが接近すると、回避不可能な状態に陥りやすいのです。
安全な走行距離を確保するためには、左端走行を避け、ある程度の距離を保つことが重要です。駐車場が集中する地域では特に、キープセンターまたは中央より少し左寄りの走行位置を意識することで、緊急時の回避スペースを確保できるのです。
参考リンク。
バイク走行時のキープレフト本来の意味と法的規定、教習所で推奨される理由について詳しく解説されています。
参考リンク。
キープセンター走行が推奨される理由として、後続車の違法追い越しを防ぐメカニズムについて記載されています。
参考リンク。
二輪車の死亡事故統計と左側すり抜けの危険性について、警視庁統計に基づいた詳細な分析が掲載されています。