ホンダZが「水中メガネ」という愛称で親しまれるようになった最大の理由は、その独特なリアウインドウデザインにあります。1970年に登場したこの軽自動車は、N360をベースにスポーティな要素を加えた特別な一台として開発されました。
リアウインドウ(ハッチゲート)の周囲を黒い樹脂フレームで囲んだデザインが、まさにシュノーケリングで使用する潜水用ゴーグルのような形状をしていたことから、多くのファンの間で「水中メガネ」という愛称が定着しました。この黒くて太い樹脂がぐるっと一周したリアウインドウは、ABS樹脂製のガンメタブラックで仕上げられており、当時としては非常に斬新なデザイン手法でした。
このデザインは単なる見た目の特徴だけでなく、機能性も兼ね備えていました。ハッチバック式のリアゲートとして実用性を確保しながら、スペシャリティカーとしての個性的な外観を実現する画期的なアプローチだったのです。
ホンダZは1970年から1974年まで販売された、日本初の軽スペシャリティカーとして重要な位置を占めています。ベースとなったN360は、ホンダ初の軽四輪乗用車として1967年に登場し、その3年後にスポーティバージョンとして誕生したのがZでした。
正式名称は単に「Z」でしたが、現在では排気量を示す「Z360」という通称で呼ばれることが多くなっています。このクルマは、軽自動車でありながらクーペスタイルを目指した野心的なプロジェクトで、当時の軽自動車の概念を大きく変える存在でした。
特に注目すべきは、センターピラーやドアサッシュがないハードトップスタイルを採用していた点です。上下スライド式のクォーターウインドーも降ろすことができ、サイドの開放感は軽自動車としては異例の仕様でした。内装も飛行機のコックピットを連想させるデザインが採用され、軽自動車でありながら大人4人が乗車できる居住スペースを確保していました。
最上位グレードの「GSS」は1972年11月のマイナーチェンジで新設され、他の3グレードが4速MTだったのに対し、5速MTを搭載して走りを追求したグレードとなっていました。
ホンダZの魅力は現代でも色褪せることなく、2018年の東京オートサロンでホンダアクセスが発表した「Re:Z(アールイーゼット)」として復活を遂げました。このプロジェクトは、CR-Zをベースに初代Zのデザインエッセンスを現代的に解釈した意欲作でした。
Re:Zの開発デザイナーは、もともとホンダZに強い憧れを持っていましたが、70年代の旧車を現実的に所有するのは困難だったため、「なんとか現代のクルマでZを復活させたい」という思いからこのプロジェクトが始まりました。
最も注目すべきは、Re:ZのリアにZで親しまれていた「水中メガネ」を彷彿とさせるリアウィンドウが再現されていた点です。CR-Zのボディ前後を大幅にカスタムし、様々なホンダ車の純正部品を巧みに流用することで、レトロさと新しさを両立させたデザインを実現しました。
コンセプトは「はじめての・ひさびさのデートカー」とされ、夫婦2人暮らしで日常生活を送るのに困らない積載性を重視していました。車名の"Re"には「リラックス」「リノベーション」「リユース」「リバイバル」の4つの意味が込められ、中古車を仕立て直して愛着を持って乗ってほしいというメッセージも含まれていました。
ホンダZの「水中メガネ」デザインは、単なる見た目の工夫以上に、当時の自動車製造技術の粋を集めた結果でもありました。リアウインドウ周囲の黒い樹脂フレームは、ABS樹脂という当時としては先進的な素材を使用しており、ガンメタブラックという独特な色合いで仕上げられていました。
このデザインを実現するために、ホンダの技術者たちは従来の軽自動車とは全く異なるアプローチを採用しました。通常の軽自動車では、コスト削減と実用性を最優先に設計されることが多かったのですが、Zでは美観と個性を重視した設計思想が貫かれていました。
特に注目すべきは、リアウインドウの形状設計です。この独特な形状は、空力特性も考慮されており、軽自動車としては珍しく風洞実験なども行われていたとされています。また、ハッチバック機能を持たせながら、水密性や剛性を確保するための構造設計にも多くの工夫が凝らされていました。
製造工程においても、この樹脂フレームの成形と取り付けには特別な技術が必要で、当時のホンダの製造技術力の高さを示す象徴的な部品となっていました。
ホンダZの「水中メガネ」デザインは、日本の自動車文化において極めて重要な意味を持っています。このクルマが登場した1970年代は、日本の自動車産業が急速に発展していた時期であり、実用性一辺倒だった軽自動車に「個性」という新たな価値観をもたらしました。
最も重要な影響は、軽自動車におけるスペシャリティカーという新しいジャンルを確立したことです。それまでの軽自動車は、安価で実用的な移動手段としての位置づけが強かったのですが、Zの登場により「軽自動車でも個性的でカッコいいクルマが作れる」という概念が生まれました。
また、「水中メガネ」という愛称が広く定着したことは、自動車に対する親しみやすさの表現としても画期的でした。正式な車名ではなく、見た目の特徴から生まれた愛称で呼ばれることで、クルマと人との距離がより近くなり、自動車文化の大衆化に大きく貢献しました。
現代でも、SNSなどで「懐かしい水中メガネ」「おじさんホイホイ」といったコメントが見られるように、世代を超えて愛され続けるデザインアイコンとしての地位を確立しています。このことは、優れたデザインが時代を超えて人々の心に残り続けることを証明する好例といえるでしょう。
さらに、Re:Zプロジェクトのように、現代の技術で過去の名車を復活させる取り組みのインスピレーション源としても機能しており、自動車デザインの歴史的継承という観点からも重要な役割を果たしています。