スタンザの車名は「日産ブルーバードの後継」だと思っていませんか?実は初代スタンザは、ブルーバードではなくサニーエクセレントの後継として、「小さな高級車」を目指して誕生した全くの別系統の一台です。
1977年8月8日、日産・スタンザは「男と女とバラとスタンザ」という大人向けのキャッチコピーを引っ提げてデビューしました。当時の日産はサニー店系列の販売網を持っており、スタンザはその旗艦モデルとして位置づけられた一台です。
もともとスタンザの先代にあたるのはダットサン・サニーエクセレント(B210型)であり、いわゆる「ミニ・セドリック/グロリア」、つまり「小さな高級車」というコンセプトが徹底して貫かれました。上位モデルのセドリック・グロリアに届かないけれど、普通のサニーよりワンランク上の品格を提供する——そのポジションが初代スタンザの存在意義でした。
ボディは4ドアセダンのみを設定。エンジンは直列4気筒の1.6L(L16型)を搭載し、駆動方式は当時の標準だった後輪駆動(FR)を採用しました。ホイールベースは2,400mm、全長は4,310mmと、現代のコンパクトカーに近いサイズ感です。はがきの横幅が約148mmとすると、全長は約29枚分程度に相当します。
初代の特筆すべき点は、姉妹車のバイオレット・オースターが丸型4灯ヘッドライトを採用していたのに対し、スタンザだけが角型ヘッドライトを採用した点です。これにより、高級感と差別化を明確に表現していました。1979年8月には5ドアハッチバック仕様「スタンザリゾート」も追加され、ハッチバックブームに対応した車種展開も行われました。
販売終了前月までの新車登録台数の累計は、一部2代目バイオレットと合算して約13万1345台。決して少ない数字ではなく、当時のユーザーから一定の評価を得ていたことが伺えます。
日産・スタンザ(Wikipedia) - 全世代の詳細スペックや系譜が網羅的に確認できます
1981年6月、2代目T11型スタンザは「スタンザFX」の名で登場しました。「FFはいま高級車へ」というキャッチコピーが示すように、この世代の最大の変化はフロントエンジン・フロントドライブ(FF)への転換です。
FF化により、広大な室内空間の確保が可能になりました。その広さはセドリック・グロリア並みと表現されるほどで、当時の国産中型セダンとしては破格の居住性を実現していました。実際、当時の日産スタッフいわく「3兄弟のなかでスタンザFXが最も販売台数が期待できる1台」とされていたほどです。
エンジンはすべて新開発のCA型系を搭載し、1.6L(CA16型、90ps)・1.8L(CA18型、100ps)・1.8L EGI仕様(CA18E型、110ps)の3種類をラインアップしました。姉妹車のバイオレット・リベルタやオースターJXと比べてメッキパーツを多用した豪華な外観は、見た目の存在感でも他の2台を上回っていました。
スタンザFXが面白いのは、最終的に「3兄弟の中で最も長命だった」という点です。1982年にはバイオレット・リベルタがカタログ落ち、1985年にはオースターJXが3代目に移行しましたが、スタンザFXは1986年6月まで販売が続けられました。地道な改良と車種展開で着実なユーザー支持を獲得し続けた結果です。
ちなみにこの世代の新車登録累計台数は、3代目バイオレット・リベルタ/2代目オースターJXと合算して約10万6403台に上ります。
| エンジン型式 | 排気量 | 最高出力 |
|---|---|---|
| CA16型 | 1.6L OHC | 90ps |
| CA18型 | 1.8L OHC | 100ps |
| CA18E型 | 1.8L OHC(EGI) | 110ps |
スタンザFX(名車文化研究所) - スタンザFXの開発背景や販売台数など、詳細な解説が読めます
1986年6月、3代目T12型スタンザは"URBAN DRY"というキャッチコピーで登場しました。都会的で乾いた大人の雰囲気を纏ったラグジュアリーセダンを目指した世代です。これがかつて「FX」というサブネームを外した最初の代でもあります。
この世代で特に注目すべきは、最高グレードの「スプレモ・ツインカムターボ」です。エンジンはCA18DET型という1809cc直列4気筒DOHC16バルブターボを搭載し、ネット値で145psを発揮しました。当時の販売価格は最上位グレードで218万1000円(東京標準価格)。これはセドリックの一部グレードよりも高い価格帯に踏み込んだ設定でした。
装備面でも時代を先取りした機能が多数盛り込まれていました。超音波路面ソナーを備えた電子制御サスペンション「スーパーソニックサスペンション」、可変式の「電子制御3ウェイパワーステアリング」などは、当時としては異例の先進技術です。まさに技術の詰め込みすぎといっていい状態でした。
つまり贅沢な一台ですね。しかし豪華な内装と高い車両価格が仇となりました。同じ車台(T12型オースター)ベースながら、スタンザはブルーバードと比較して約10〜15%ほど高価だったため、価格で敬遠されたユーザーも少なくありませんでした。結果として日本国内での販売累計は一部T12型オースターと合算でわずか約4万2194台にとどまり、1990年5月に日本での生産・販売が終了します。
後継はオースターと統合され、全く異なる車名「プリメーラ(P10型)」となりました。スタンザという名を冠した最後の日本向けモデルが、静かに姿を消した瞬間です。
スタンザ T12型(名車文化研究所) - 3代目スタンザの開発コンセプト・エンジン構成の詳細が読めます
スタンザ、バイオレット、オースターの3車は「3兄弟」と呼ばれますが、販売されていた販売チャネル(ディーラー系列)が異なっていました。これは当時の日産が複数の販売ネットワークを持っていたためです。
- 🏪 バイオレット:日産店系列
- 🏪 オースター:チェリー店(後にパルサー販売会社)系列
- 🏪 スタンザ:サニー店系列
それぞれのチャネルに別々の旗艦車を設けることで、系列ごとのユーザーを逃さないという販売戦略です。基本的なプラットフォームや機構は共用しつつ、外装・内装の仕立てや価格帯で個性を差別化していました。
スタンザが最も豪華な仕立てだったというのが3兄弟の大きな特徴です。初代の時点でバイオレット・オースターが採用した丸型4灯ヘッドライトに対し、スタンザのみが角型ヘッドライトを選択し、より格式ある顔立ちを演出。2代目スタンザFX以降はメッキパーツの多用が顕著になり、価格もオースターより若干高く設定されていました。
3代目T12型ではオースターと車台を共有しながらも、フロントノーズの造形を逆スラント形状にするなどの独自意匠を貫きました。インテリアのカラーリングも、オースターのダークな印象に対し、スタンザはダークブルーとワインを取り入れた上品な仕立てを採用しています。
販売ネットワークの違いから生まれた兄弟車が、それぞれの系列のユーザーにアピールし続けた歴史——これがスタンザの3兄弟の本質です。
日本ではほとんど語られない事実があります。日本でスタンザが1990年に生産終了した後も、北米市場ではスタンザという車名が生き続けていたのです。
北米向けの4代目スタンザは、U12型ブルーバードと基本設計を共有した4ドアセダンとして1989年から販売を継続。エンジンは日本仕様とは異なり、2.4L直列4気筒(KA24E型)を搭載し、最高出力は138馬力を発揮しました。1991年9月に日本国内でU12型ブルーバードが生産終了した後も、スタンザは北米でひっそりと生産を続け、1992年3月27日に最終生産を迎えます。
そしてその後継こそが「スタンザアルティマ(U13型)」です。1992年に登場し、当初はリアのエンブレムに「スタンザ」を小さく、「アルティマ」を大きく記載するという過渡期的な表示がなされていました。1994年からは完全に「アルティマ」単独の車名となり、スタンザの名は歴史の幕を閉じます。
アルティマは現在も北米日産の主力モデルとして君臨しています。2011年には米国市場で61万1080台という販売実績を記録し、一時は北米で2番目に売れる乗用車にまで成長しました。「小さな高級車」を目指した初代スタンザの志は、大陸を渡ってより大きな姿に進化したとも言えます。これは使えそうです。
スタンザを旧車趣味の観点で眺めると、日本国内の現存台数は極めて少ないのが現状です。特に3代目のスプレモ・ツインカムターボは当時から流通量が少なく、維持部品の入手も困難になっています。旧車イベントやオークションでの出品自体が貴重な機会であり、パーツ類のヤフオクでの落札価格も平均2,564円(過去180日)という水準にとどまっています。
日産アルティマはスタンザの子孫(Motor Magazine) - スタンザからアルティマへの系譜と北米での位置づけを詳しく解説

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