ガソリンタンクは単なる燃料の容器ではなく、安全性と機能性を両立させた精密な構造になっています。従来は防錆加工が施された鋼板が用いられていましたが、現在では多くの車種が樹脂製フューエルタンクを採用しています。樹脂素材を使用することで、タンク本体の形状設計に自由度が生まれ、車体の複雑な形状に対応できるようになりました。
タンク本体は車両の床下、通常はリアシート近辺に横長に配置されるのが一般的です。この位置選定は、エンジンからの排熱による温度上昇を避け、衝突時の破損リスクを最小化するために計画されています。また、燃料の重さによる車体の重心位置への影響を考慮し、前後のバランスが適切に保たれるよう設計されています。
タンク内部には燃料ポンプ、燃料レベルセンサー、フィルター、そしてバッフルプレートなどの重要な部品が組み込まれています。これらの部品がそれぞれの役割を果たすことで、安定した燃料供給が実現され、エンジンのスムーズな動作を支えているのです。
給油口から燃料タンクまでを繋ぐ経路は、思いのほか複雑に設計されています。給油口とタンク本体は「フィラーパイプ」と呼ばれる給油パイプで接続されており、この管の長さは車種によって異なり、長いものでは約1メートルもあります。フィラーパイプ内には通常3リッター程度の燃料が蓄えられており、給油時の一時的なバッファの役割を果たしています。
給油時の空気抜きを担当するのが「ブリーザーチューブ」です。このチューブはフィラーパイプとほぼ並行して走行し、給油時に送り込まれた燃料の分だけタンク内の空気を排出させます。給油量がブリーザーチューブの先端の高さに達すると、空気ではなくガソリンが逆流して吹き返しが発生し、これを給油ノズルが感知して給油を自動停止させる仕組みになっています。この巧妙な設計により、給油のしすぎを防ぎ、燃料の安全な満タン管理が実現されているのです。
フィラーパイプの樹脂化は業界でも注目の軽量化技術であり、金属製パイプと比較して40~50%の軽量化が可能とされています。この軽量化は燃費向上に直結し、環境負荷の低減にも貢献しています。
ガソリンタンク内部に搭載される「バッフルプレート」は、車の加速や減速、旋回時に燃料がタンク内で激しく揺れ動く現象を抑制する重要な部品です。燃料の過度な偏りを防ぐことで、燃料ポンプが確実に燃料を吸い上げられる状態を維持し、エンジンの安定供給を支えています。燃料の偏りが極端に発生すると、ポンプが燃料を送り出せなくなったり、液面が波立つことで余分な燃料蒸気が発生したりする問題が生じます。
「セパレーター」も同様に重要な役割を担っており、タンク内の燃料の流動を制御して流動音を小さくするプレート状の部品です。これにより、ドライバーがガソリンの揺れる音を耳にする不快感が軽減されます。タンクが複雑な形状になった樹脂製の場合は、セパレーターを設定していない車両もありますが、従来の鋼板製タンク採用車では標準装備されているケースが多いです。
また、タンク内に燃料が少ない時に急旋回が起こった場合、燃料切れを防ぐための「サブタンク」機構も内部に組み込まれています。この複層的な設計により、様々な運転条件下でも安定した燃料供給が確保されているのです。
燃料タンクに関連する環境対策として欠かせないのが「チャコールキャニスター」です。タンク内に発生する燃料蒸気をチャコールキャニスタへ送るための「エバポチューブ」が接続されており、発生した燃料蒸気は活性炭で吸着されます。活性炭には深く細い孔が無数にあり、ガソリン分子がこれに吸着することで、揮発性有機化合物の大気中への放出が防止されています。
この装置により、ガソリンの蒸発による環境汚染が大幅に低減されるとともに、蒸着したガソリンは後にエンジンのパージ処理によって再利用されるため、資源の有効活用にもつながっています。
さらに、車が横転した際に燃料が漏れ出すのを防ぐ「カットオフバルブ」も内部に配置されています。このバルブが緊急時に自動的に遮断されることで、事故時の二次災害を防ぐ重要な役割を果たしているのです。
自動車業界では長年にわたって軽量化が重要なテーマとなっており、燃料タンクの樹脂化はその象徴的な取り組みの一つです。従来の鋼板製タンクから樹脂製へのシフトにより、複数のメリットが実現されています。
第一に、樹脂素材は錆の発生がなく、金属製と比べて大幅な軽量化を実現できます。ガソリンを70リッター給油した場合、その重さは約52キログラムになりますが、軽量化されたタンクであれば全体的な車体重量の削減に貢献し、燃費向上やCO2排出量の削減に直結します。
第二に、複雑な形状での造形が容易です。FF車とFFベースの4WD車では、プロペラシャフトを避けるためにタンク下面に大きな凹みを持たせる「鞍型タンク」が採用されていますが、樹脂製であればこのような複雑な形状も低コストで量産できます。これにより、限られた車体スペースを最大限に活用でき、居住空間の拡大や荷室容量の増加が可能になります。
従来、樹脂製タンクは燃料成分である炭化水素の透過が問題とされていましたが、材料技術と成形技術の進化により、複数の樹脂層を重ねて成形することで克服されました。現在では、ブラダータンクという革新的な構造も登場しており、ゴムなどの伸縮素材で作られた袋をタンク内に挿入することで、燃料蒸気の発生を抑制しながら燃料残量や内圧の変化にも対応できるようになっています。
タンク内の燃料をエンジンへ確実に供給するため、「ポンプユニット」がタンク本体内に直接組み込まれています。このユニットはモーター駆動による燃料ポンプで構成され、電子制御により必要な時に必要な流量の燃料を送り出します。
ポンプの吸い入れ口には「フィルター」が設けられており、タンク内に混入した水分やゴミ、微細な異物がポンプを通じてエンジンに送られることを防いでいます。こうした微細な異物は長期間のエンジン運転を通じて内部機構を傷つける可能性があるため、この防止機構は非常に重要です。エンジン側にもフィルターが設置されていますが、タンク内での初期段階での除去が効率的です。
残量表示を可能にするのが「センダーゲージ」です。タンク内のフロートが燃料の液面高さを測定し、その情報を電気信号としてメーターへ送ります。現在ではデジタル化されたメーター表示が一般的ですが、いずれの場合もこのセンサーが正確に機能することで、ドライバーが給油のタイミングを判断できるようになっています。
タンク内の圧力管理は、タンク本体の安全性を維持するために不可欠です。燃料が蒸発する際に圧力が上昇しますが、この圧力がある一定以上になると「フューエルベーパーバルブ」が開き、過剰な圧力を解放する仕組みになっています。
このバルブが開くことで、タンク本体が破裂するリスクが回避されます。樹脂製タンクの場合は鋼板製ほどの強度がないため、この圧力管理機構はより重要な役割を担っています。特に夏場の気温上昇時や、長時間の駐車時には内部圧力が高まりやすいため、バルブの正常な動作が車両の安全性を左右する要素となっているのです。
燃料タンクの給油口のすぐ下には、給油時の過圧を防ぐための別の機構も設けられており、二重の安全対策が実施されています。このような多層的な安全設計が、現代自動車の信頼性の根幹を支えているのです。
<参考リンク>
ウィキペディアの燃料タンク記事:燃料タンク (自動車)
タンク材質と構造、位置別の設計について詳細を記載。鋼板製と樹脂製の違い、およびブラダータンク構造について参考になります。
FTS(フューエルタンクメーカー)の技術資料:フューエルタンクの構造・機能
各部品の具体的な役割と機能について、メーカーの専門的な観点から詳しく説明されています。セパレーター、エバポチューブ、ポンプユニットなど全ての主要部品の役割が記載されています。