暫定2車線 ワイヤロープで正面衝突の事故防止

高速道路の片側1車線である暫定2車線区間では、対向車線との正面衝突が重大事故に繋がりやすいという課題があります。この危険な状況にどのような対策が施されているのでしょうか?
暫定2車線 ワイヤロープで正面衝突の事故防止
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暫定2車線とは

片側1車線の対面通行区間で、全国の高速道路約4割を占めるという特殊な状況

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ワイヤロープ式防護柵の機能

対向車線への飛び出しを防止する安全対策で、衝撃吸収と復旧効率を実現

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事故防止の重要性

正面衝突事故は死亡事故に至りやすく、緊急対策として位置づけられている

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ワイヤロープの維持管理

接触事故の増加に伴う復旧工事の課題と、効率的な修復方法の工夫

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ワイヤロープ導入の背景と現況

2010年からの研究を経て、2018年から本格設置が進められている安全技術

暫定2車線 ワイヤロープの安全対策

暫定2車線 ワイヤロープ導入の背景

日本の高速道路ネットワークは、急速な整備拡大に伴い、すべての区間を完成4車線で整備することが難しいという現実に直面しました。そこで生まれたのが、暫定2車線という片側1車線で対向車線と向き合う構造です。国土交通省の統計では、全国の高速道路供用延長の約4割が暫定2車線区間という、世界的に見ても珍しい状況となっています。この構造の最大の課題は、対向車線との衝突です。

 

正面衝突事故が多発する環境に対応するため、国土交通省は2010年からワイヤロープに関する本格的な研究を開始しました。従来のセンターポール(ガイドポスト)と縁石による区分では対向車線への飛び出しを防止できないため、より高度な安全対策が必要でした。この研究の成果を踏まえ、2018年6月に「暫定二車線の高速道路のワイヤロープ設置方針」が公表され、翌年から本格的な整備が進められています。

 

ワイヤロープ導入の背景には、正面衝突事故による死亡事故の絶対的な防止という強い目的があります。片側1車線の環境では、事故が起きた場合に通行止めになりやすく、社会的な影響も大きいため、予防的対策の重要性が極めて高いのです。

 

暫定2車線 ワイヤロープの構造と特徴

ワイヤロープ式防護柵の基本構造は、シンプルながら高度な安全工学に基づいています。5本のワイヤロープを、数百メートル間隔で設置された金属製の支柱に通す形式で、ターンバックルという部品でワイヤの張力を調整する仕組みです。ワイヤロープそのものの直径は18ミリメートル程度と細く、全体の幅員設置が1430ミリメートル程度に収まるため、スペースの制限がある高速道路区間でも導入が可能です。

 

最大の特徴は、その衝撃緩和性能にあります。走行中の対向車線への飛び出しを防ぐため、ワイヤロープの張力で車のエネルギーを受け止める構造となっています。車両が衝突した際には、支柱が倒れ、ワイヤロープのたるみが衝撃を段階的に緩和することで、乗員が受ける衝撃を大幅に軽減できます。これにより、従来のコンクリート製防護柵よりも、乗員の安全性が大きく向上するのです。

 

工事費用の削減も重要な特徴です。細い支柱にワイヤロープを通す構造は、設置幅が少なく済むため、土地取得や工事に伴うコストが削減できます。また、緊急時には人力でワイヤロープと支柱を取り外すことが容易で、火災や重大事故時に開口部を設置することができます。事故後の復旧作業も、破損した支柱を取り外し、新たな支柱を舗装の下の穴に挿入し、ワイヤロープを張り直すというシンプルなプロセスで、人力で短時間で完了することが可能です。

 

暫定2車線 ワイヤロープと正面衝突事故防止の効果

2018年から2019年にかけて行われた技術検証では、ワイヤロープの飛び出し防止性能について、極めて高い信頼性が確認されました。土工区間(盛土や切土による平地区間)では、対向車線への飛び出しを実質的に完全に防止でき、正面衝突事故の発生を大幅に削減する実績が記録されています。

 

ただし、実運用の中では予想外の課題も顕在化しました。ワイヤロープへの接触事故が、従来のラバーポール区間では見られなかった頻度で発生しているのです。2023年の1年間だけで、鳥取県から島根県にかけての山陰道では、ワイヤロープへの接触事故が193件も発生し、2日に1件以上のペースで修理が必要という状況が明らかになっています。これは、ドライバーがワイヤロープという新しい施設に適応する過程で、接触事故が増えている側面も考えられます。

 

正面衝突という最悪のシナリオを防ぐため、国土交通省はワイヤロープへの接触を減らすための導流レーンマーク(走行位置を示す白線)の適切な施工や、接触車両の損傷軽減化に向けた技術開発を進めています。これらの対策により、ワイヤロープ本来の役割である正面衝突事故防止と、接触事故による被害軽減のバランスを取ろうとしているのです。

 

暫定2車線 ワイヤロープ整備の現状と計画

2018年の方針公表以降、ワイヤロープの整備は段階的に進められています。新設区間(新たに開通する暫定2車線区間)には、標準設置が進められており、供用済区間では、土工区間において四車線化や付加車線の事業実施箇所を除き、概ね5年の設置を目指していました。高速道路会社が管理する区間では、概ね3年の設置目標が設定されていました。

 

しかし、橋梁やトンネル区間での実装には、別の課題が生じています。長大橋(橋梁延長50メートル以上)やトンネル区間では、幅員が土工部分よりも狭いため、ワイヤロープへの接触事故がより多く発生し、容易に開口部が設置できず、緊急時の退避もしにくいという問題があります。2021年以降、これらの区間ではセンターパイプやセンターブロックなど、ワイヤロープに代わる新たな車線区分柵の試行設置が進められています。

 

北海道や東北地方では、さらに進んだ試行がなされており、ワイヤロープにLEDを巻き付け、暴風雪によるホワイトアウト時に視認性を向上させる工夫が実施されています。これにより、悪天候下での交通事故防止も目指されているのです。

 

暫定2車線 ワイヤロープ復旧工事の実務的課題

ワイヤロープ整備の進展に伴い、予想外の課題として復旧工事の負担が浮上しています。接触事故による破損の頻度が高く、修復が追いつかない状況が各地で報告されており、中には数百メートルに1カ所が破損したままという区間も存在します。2024年の山陰道での復旧工事では、わずか約8キロメートルの区間で17カ所もの破損箇所が確認され、その復旧には通行止めを伴う集中的な工事が必要でした。

 

復旧工事の実務では、すべて人力で作業が進められます。重機を使わず、5本のワイヤロープをピンと張るため、数百メートル間隔で設置されているターンバックルという部品を外し、一旦ワイヤロープを緩めたうえで、支柱を引き抜き、新品に交換し、ワイヤを順番に通し直す作業です。真夜中の照明下での作業となるため、ワイヤを通す順番を誤るなど、ミスが発生するリスクも高いのです。

 

さらに複雑な事情として、事故の原因者に復旧費用を請求する仕組みがあるため、事務処理の手続きが完了するまで施工できないという行政的な課題も存在します。その結果、すぐに修復できる損傷箇所と、修復されない箇所が混在する状況が生まれているのです。国土交通省でも、できるだけ早く復旧したいと考えているものの、通行止めにすることによる社会的な影響を考慮し、工事期間を年4回に絞るという現実的な判断をしています。これは、ワイヤロープの本来の「命を守る役割」を発揮させるためには、ドライバーの安全運転意識と、行政側の復旧体制の強化が同時に必要であることを示唆しているのです。

 

ワイヤロープ式防護柵の特徴や課題について、詳細な技術解説が記載されています。
国土交通省の公式な「暫定二車線の高速道路のワイヤロープ設置方針」で、設置計画や技術検証結果が説明されています。