事故当日の午後8時20分、この男性は東京都内の首都高速のインターチェンジから走行を開始しました。埼玉県の浦和ICを経由して東北自動車道下り線を順調に進んでいましたが、午後9時57分に黒磯板室ICから一般道へ出たのです。その直後、わずか1分後の午後9時58分、同じICから致命的な誤りを犯してしまいました。上り線に対して逆向きに進入してしまったのです。
時速90~95キロという高速で、およそ3キロもの距離を逆走し続けました。この間、別の車とも接触しながらも走り続けたというから驚くほかありません。栃木県警は当初、過失による事故と判断するのではなく、「逆走を認識して故意に走り続けた」と判断し、自動車運転処罰法違反(危険運転致死)容疑で書類送検しました。この判断は、運転手が逆走の事実に気づきながらも、その場を去り続けたという極めて悪質な行為だったことを示しています。
最初の衝突は、岩手県北上市の会社員平岡勝利さん(当時56歳)が運転する乗用車との正面衝突でした。この衝突により、平岡さんは現場で死亡しました。その後、この事故に伴う渋滞に大型トラックが高速で突っ込み、さらなる被害が拡大しました。渋滞に巻き込まれた複数の乗用車の乗員が死傷し、その中には大型トラックの運転手も含まれていました。
一般的に逆走事故というと高齢ドライバーが犯人というイメージが持たれることが多いです。実際、高速道路での逆走事案は2011年から2023年までの13年間で2654件も発生しており、そのうち約7割が65歳以上の高齢者によるものとされています。2018年だけでも約200件の逆走が報告され、その7割近くが高齢ドライバーによるものでした。
しかし、今回の東北道事故は運転手年齢42歳の比較的若い男性による事故です。これは30~64歳の現役世代も全体の2割以上の逆走を引き起こしているという統計データを裏付けています。年齢に関係なく、誰でも逆走のリスクを抱えているという事実は重要です。
高齢者に限定すれば、認知機能の低下が大きな要因となります。判断力の低下、方向感覚の喪失、標識の見落としなどが複合的に作用して逆走につながります。認知症の疑いがある方が高速道路で逆走するケースもあり、高速道路に慣れていない環境で方向確認ができなくなることもあるのです。ただし、今回のケースのように若年層による逆走の原因は、カーナビの誤信、一瞬の注意散漫、あるいは複雑な道路構造への対応の誤りなど、別の要因が考えられます。
逆走が始まったとみられる黒磯板室インターチェンジは、その構造に問題があると指摘されています。このICは料金所を通過した後、信号で右折して上り線に入る設計になっており、逆走につながる左折は標識で禁止されていますが、左折を物理的に遮る構造物がありません。つまり、標識だけに頼る設計だったのです。
事故が発生したのは夜間で、標識や路面表示(左右で色分けされた矢印など)が見えにくかった可能性があります。暗い時間帯には、ドライバーが標識を見落とすリスクが大幅に増加するのです。栃木県を含む全国各地にある同型のICが、逆走を誘発しやすい構造になっていないか、今後の検証が急務です。
実は、高速道路全体でICやジャンクションでの逆走が深刻な問題となっており、2011~2022年までのデータでは逆走開始箇所はIC・JCTが約5割を占めていました。それが2023年には約7割に増加しており、増加傾向が顕著です。複雑な分岐やカーナビの案内の見間違い、SA・PAの入口からの誤進入など、「道を間違えたこと」が全体の5~6割の逆走の発端となっているのです。
現代のドライビングにおいて、カーナビゲーションシステムは大きな役割を果たしています。しかし、同時に新たなリスクも生み出しています。カーナビの指示を鵜呑みにしたり、標識を見落としたりして、誤った方向に進入してしまうケースが多いのです。特に複雑な交差点やIC周辺では、カーナビの画面に注視するあまり、実際の標識や路面表示に気づかないドライバーも少なくありません。
さらに、サービスエリアやパーキングエリアでの入口と出口の勘違いも逆走の原因となります。休憩後、一瞬の気の緩みで出口と入口を取り違えてしまい、逆走してしまう事例も報告されています。これらの多くは、運転手が一瞬注意を逸らしたり、カーナビの表示と現実のズレに気づかなかったりすることが原因です。
研究によれば、カーナビの案内の見間違いやSA・PAの入り口からの誤進入といった「道を間違えたこと」が、全体の5~6割の逆走の引き金になっています。つまり、適切な標識表示とカーナビの正確性が確保されれば、かなりの逆走事故を防ぐことができるということでもあります。
東北道の事故を受けて、栃木県は黒磯板室インターチェンジに「ウェッジハンプ」という逆走防止装置の設置を決定しました。この装置は、段差の衝撃で誤進入を警告する仕組みになっており、視覚に訴える対策だけでは逆走を防げないとして、物理的な注意喚起策を追加するものです。県内の高速道路では初の試みで、2025年内の設置を目指しています。
現在、高速道路各社は本線との合流部に「進入禁止」を示す看板やラバーポールを設置し、路面に進行方向を表す矢印を表示するなど注意喚起していますが、これらの視覚的対策だけでは十分ではないことが明らかになりました。そこで、物理的な障壁を追加することで、ドライバーが無意識のうちに誤進入を避けるよう促す工夫が必要とされています。
ウェッジハンプのような物理的対策に加えて、案内看板をより分かりやすくすること、構造物を設置することなど、場所に応じた多層的な安全対策が急務です。全国各地にある同型のICについても、同様の検証と対策を速やかに講じるべきだという専門家の指摘もあります。
高速道路での逆走は、年間約200件発生しており、うち事故は約2割を占めるという深刻な問題です。2020年までに逆走事故をゼロにすることを目指すという目標が掲げられていましたが、その後も逆走事故は後を絶ちません。今後、関係者が認識を一つにし、道路と自動車が連携して、ハード面とソフト面の両面から包括的な対策を推進していく必要があります。
参考:東北自動車道での逆走防止装置設置についての栃木県の取組方針
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/1191817
参考:高速道路での逆走事故に関する国土交通省の統計データ
https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h28kou_haku/gaiyo/topics/topic01.html
参考:認知機能低下と運転リスクに関する医学的知見
https://www.mcsg.co.jp/kentatsu/dementia/5080