リチウム空気電池デメリット、実用化困難な課題や自動車利用の懸念点

次世代電池として期待されるリチウム空気電池ですが、実用化には複数の深刻なデメリットが存在します。サイクル寿命、安全性、充電電圧など、自動車に搭載する上で解決すべき課題とは何でしょうか?

リチウム空気電池デメリット

リチウム空気電池の主な課題
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サイクル寿命の短さ

充放電100回程度で劣化が進み、実用レベルの1000回以上に到達困難

充電電圧の上昇

過酸化リチウムの分解が困難で、エネルギー効率が大幅に低下

⚠️
安全性の問題

デンドライト成長による短絡や発火のリスクが常に存在

リチウム空気電池は理論エネルギー密度が現行のリチウムイオン電池の5~15倍という圧倒的な性能を持つ一方で、実用化に向けた複数の深刻なデメリットを抱えています。最大の課題はサイクル寿命の短さで、一般的な蓄電池が1000回以上の充放電に耐えるのに対し、リチウム空気電池は100回程度にとどまります。これは充放電反応により正極、負極、電解液のすべてで劣化が進むためです。自動車用途を考えた場合、この寿命の短さは致命的な欠点となります。
参考)リチウム空気電池とは?リチウムイオン電池との違いや長所を解説…

充電電圧の上昇も深刻な問題です。放電時に生成される過酸化リチウムや超酸化リチウムが分解しづらいため、充電電圧が高まり、放電電圧と充電電圧の差が約1.0Vにも達します。このエネルギー効率の悪さは、電池の実用性能を大きく損ないます。過酸化リチウムの結晶性が高いほど充電電圧も高くなることが判明しており、この特性が実用化を阻む大きな障害となっています。
参考)産総研:リチウム-空気電池の過電圧を低減

さらに安全性の面でも懸念があります。充電時にリチウム金属がデンドライト状(樹枝状結晶)に析出し、これが成長してセパレーターを突き破ると、正極と負極が短絡して発火事故につながる可能性があります。リチウムは水分と激しく反応する性質も持つため、電池の性能と安全性の両面で高度な管理が求められます。
参考)https://www.sangyo-times.jp/article.aspx?ID=13480

リチウム空気電池のサイクル寿命劣化メカニズム

サイクル寿命が短い根本的な原因は、充放電反応で電池の全構成要素が同時に劣化する点にあります。放電反応では負極から金属リチウムが溶け出し、正極で酸素と反応して過酸化リチウムや超酸化リチウムとして析出します。この析出物は非常に分解しづらく、充電時に高い電圧を必要とするため、正極のカーボン材料が酸化剤として機能して劣化を促進させます。​
研究では、正極からの水や二酸化炭素といった副反応生成物が金属リチウムの負極を劣化させることが明らかになっています。NIMS(物質・材料研究機構)とソフトバンクの共同研究では、厚み90μmの固体電解質を保護膜として導入することで、副反応生成物の混入を抑制し、負極の劣化を大幅に抑えることに成功しました。しかし、この重たい保護膜は電池の高エネルギー密度という利点を損なうため、厚み6μmの改良版が開発されています。
参考)https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2302/06/news043.html

電解液の劣化も見逃せません。リチウム空気電池は正極側と負極側で異なる電解液を用いる必要があり、これらが混合すると電池性能が急速に低下します。従来の微多孔膜セパレーターでは電解液の混合を防げないため、リチウムイオンが「ホッピング現象」により伝導する無孔膜の開発が進められています。東レが開発したイオン伝導ポリマー膜は、イオン伝導度10-4S/cm台を達成し、100回のサイクル寿命を確認していますが、実用レベルにはまだ遠い状況です。
参考)東レが究極の二次電池「リチウム空気電池」の課題解消に成功!

リチウム空気電池の充電電圧上昇の原因特定に関する詳細な研究成果(JST発表資料)

リチウム空気電池のエネルギー効率低下と充電時の課題

エネルギー効率の低下は、リチウム空気電池の実用化において最も深刻なデメリットの一つです。理想的にはリチウムと酸素の電気化学反応が効率よく進むべきですが、実際には放電時に得られる電圧と充電に必要な電圧の差が大きくなり、エネルギー損失が発生します。この過電圧により空気極の炭素や触媒が腐食し、目詰まりをおこして放電できなくなる欠点があります。
参考)リチウム-空気電池の過電圧低減に成功—微量の水加え放充電の電…

充電反応における過酸化リチウムの分解プロセスが問題の核心です。産業技術総合研究所らの研究により、過酸化リチウムの結晶性が低い(結晶構造の乱れが大きい)方がより低い電圧で充電(分解)できることが初めて明らかになりました。過酸化リチウムの生成には、カーボン電極上での反応と電解液を介した不均化反応の2通りがあり、結晶性の制御が充電電圧の低減に重要であることが判明しています。
参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2008/14/news041.html

研究グループは、空気極に炭素・ルテニウム・二酸化マンガンを用い、有機電解液DMSOにわずか約100ppmの水を加えることで、充電過電圧を約0.21Vまで大幅に縮小し、放電時と充電時の電圧差をわずか0.32Vに抑えることに成功しました。この技術により安定して200回の充放電サイクルを繰り返すことができましたが、自動車用途で求められる1000回以上には依然として到達していません。​
産総研によるリチウム空気電池の過電圧低減に関する研究成果

リチウム空気電池の安全性リスクとデンドライト問題

デンドライト(樹枝状結晶)の成長は、リチウム空気電池の安全性を脅かす最大のリスク要因です。充電反応で過酸化リチウムと超酸化リチウムが分解され、負極にリチウム金属が析出する際、リチウム金属がデンドライト状に成長して電池の寿命を著しく低下させます。このデンドライトがセパレーターを突き破って正極と負極を短絡させると、最悪の場合は発火事故につながります。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2012003863A/ja

リチウムイオン電池においても、過充電時などに負極側でリチウムのデンドライトが析出する問題がありますが、リチウム空気電池ではリチウム金属を直接使用するため、リスクはさらに高まります。デンドライトが析出すると内部短絡の原因となるほか、熱安定性や充放電特性を低下させ、様々な自己発熱現象を次々に誘発する熱暴走を引き起こします。これはエネルギー密度が高いという利点の裏返しでもある本質的な問題です。​
デンドライト抑制のための研究も進んでいます。CVDグラフェン層を用いた人工SEI(固体電解質界面)の形成や、ナノ細孔を大量に有するグラフェンメソスポンジ(GMS)の活用により、デンドライトの成長を抑制する試みがなされています。東北大学らの研究グループは、GMSが過酸化リチウムや超酸化リチウムの析出場所となるナノ細孔を大量に有し、かつ酸化耐性が高いため、従来のカーボン正極を上回る高容量化と高サイクル回数を実現したと報告しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8373161/

リチウム空気電池の反応性管理の困難さ

リチウムの極めて高い反応性の管理は、実用化における最大の技術的挑戦です。リチウムは非常に反応性が高く、特に水分と接触すると激しく反応してしまうため、電池の性能や安全性に大きな影響を与えます。空気中の酸素との反応を制御することも必要であり、これが不十分だと電池の劣化を早めることになります。これらの問題を解決するためには電解液や電池設計の改善が必要ですが、技術的にも大きな挑戦となっています。​
正極側と負極側で異なる電解質を用いる必要があることも、反応管理を複雑にしています。具体的には正極側に水系電解液、負極側に有機電解液を採用し、かつこれらは混合させてはいけません。正極反応に適した電解液は負極反応に適さず、逆に負極反応に適した電解液は正極反応に適さないためです。この制約により、セパレーターに従来の微多孔膜を使用できず、リチウムイオンがホッピング現象により伝導する無孔膜を使う必要があります。​
LTAP(リチウムアルミニウムチタンリン酸塩)などの固体電解質保護膜も課題を抱えています。酸や塩基に対する耐性が低く、酸浸漬時にはプロトンとリチウムのイオン交換反応により表面が溶解し導電率が大きく低下します。LTAPを保護被膜として用いる場合には、十分な量のリチウム塩を電解液側に溶解させて中性近傍で使用する必要があり、これが電池設計の自由度を制限しています。
参考)https://www.gs-yuasa.com/jp/technology/technical_report/pdf/vol7/007_01_001.pdf

リチウム空気電池の自動車搭載における実用化の障壁

自動車用途を考えた場合、現在のリチウム空気電池の性能では実用化は極めて困難です。研究開発状況を見る限り、実用化は早くても2030年以降と見られています。車載用電池としては急速充放電性能や利用温度範囲などを検証する必要があり、これらの要件を満たすことも大きな課題となります。
参考)ポスト・リチウムイオン電池の動向(Ⅳ)

エネルギー密度の実測値が理論値を大幅に下回る点も問題です。学術界で報告されるリチウム空気電池の実際のエネルギー密度は、電池セル内に過剰な量の電解液を使用するため、現行のリチウムイオン電池よりも低くなるケースがあります。NIMSとソフトバンクの共同研究では500Wh/kg級のエネルギー密度を達成しましたが、サイクル寿命は10回以下にとどまっています。改良材料群を搭載することでサイクル寿命の大幅増加を図る計画ですが、実用レベルまでにはまだ長い道のりがあります。
参考)https://pubs.rsc.org/en/content/articlepdf/2022/mh/d1mh01546j

さらに意外な課題として、電池の軽量化とサイクル寿命の間にトレードオフの関係があることが明らかになっています。ソフトバンクとNIMSの研究では、電解液量を一定のまま面積容量を減らすとサイクル寿命が延びることが分かりましたが、一方で面積容量が減ると電池のエネルギー密度は下がってしまいます。この相反する要求をどう両立させるかが、実用化に向けた重要な課題となっています。電気自動車に必要な航続距離を確保しながら、十分なサイクル寿命を実現することは、現時点の技術では非常に困難な状況です。
参考)実用的なリチウム空気電池のサイクル寿命を決定する主要因を特定…

NIMS-SoftBank先端技術開発センターによる劣化反応機構の解明に関する研究発表