トヨタが2013年のジュネーブモーターショーで世界初公開したFT-86オープンコンセプトは、単なるショーカーではなく市販化を前提とした本格的な開発車両でした。このモデルは86の魅力である「FR・軽量・コンパクト」という特徴を維持しながら、オープンカーならではの開放感を実現した4人乗りスポーツカーとして設計されています。
最も注目すべき特徴は、電動開閉式のソフトトップシステムです。ネイビーブルーのソフトトップは実際に動作確認がされており、ルーフからトランクへ滑らかにつながる幌を畳んだスタイルは非常にエレガントな仕上がりとなっています。
外観面では、オープン化に合わせてフロントウインドウ周辺が標準車と異なる専用設計となっており、トランクリッド上にはクーペモデルとは異なるハイマウントストップランプも追加されています。リアフェンダーやトランクリッドなどBピラー以降の部分も専用設計が施されており、単純な改造ではない本格的な開発が行われていたことが分かります。
86の開発主査である多田哲哉氏の証言によると、86のオープンモデルは市販化目前のところまで開発が進んでいたという驚きの事実が明らかになっています。この情報は2021年に公開されたもので、長年謎に包まれていた86オープンカーの開発状況について初めて具体的な証言が得られました。
FT-86オープンコンセプトは2013年のジュネーブモーターショーでの世界初公開から半年後の東京モーターショーでは、ベース車を左ハンドルから右ハンドルへと変更し、ボディカラーをホワイトから赤にイメージチェンジして日本公開されています。このような複数回の展示は、トヨタが本格的に市販化を検討していたことを示唆しています。
市販車と言ってもおかしくないほどの完成度を持っていたFT-86オープンコンセプトですが、結果的に市販化には至りませんでした。初代86は2021年に販売終了となり、現在は2代目のGR86が販売されていますが、オープンタイプは現状ラインアップされていません。
しかし、多田氏の証言により、技術的には市販化可能な段階まで開発が進んでいたことが判明したため、今後のGR86でオープンモデルが復活する可能性は完全に否定できない状況です。
FT-86オープンコンセプトの技術的な特徴として、4人乗りのレイアウトを維持している点が挙げられます。一般的にオープンカーは2座が多い中、86は元々4座のスポーツカーであるため、リアシートを備えた実用的なオープンカーとして設計されています。
4座オープンカーは市場では非常に貴重な存在で、スポーツ性と実用性を両立できる数少ないカテゴリーです。ベース車と同じくドライバーの位置は中央に配置されており、ソフトトップを開けた際のリアビューは若干間延びして見えるものの、これは4座オープンカーの特徴的なスタイリングとして受け入れられています。
電動開閉機構については、実際に動作することが確認されており、「きちんと作っている」ことが実証されています。これは単なるデザインスタディではなく、実用性を重視した本格的な開発が行われていたことを示しています。
エクステリアとインテリアには特別なカラーコーディネートが施され、「高級感とスポーティさ」を感じさせる仕上がりとなっています。フロアマットやシートにはゴールドカラーが追加され、ルーフを開けた際のスタイリングにアクセントが出るよう、細部にまでこだわったデザインが施されていました。
FT-86オープンコンセプトが開発された2013年は、マツダのNDロードスターのデザイン公開前だったという興味深いタイミングでした。この86オープンコンセプトを記憶している自動車ファンの中には、NDロードスターデビュー時に「NDってハチロクに似ている」という印象を持った人も多くいました。
確かに、キリッとしたヘッドライトと大きめなグリルは、遠目に見ると兄弟車のように見えても不思議ではありません。ただし、横から見ると両車の違いは明確で、86の方がより角張ったスポーティなデザインを採用しています。
市場での競合関係を考えると、86オープンが市販化されていれば、ロードスターとは異なるポジションを確立できた可能性があります。ロードスターが純粋な2座オープンスポーツカーであるのに対し、86オープンは4座レイアウトによる実用性の高さが差別化要因となったでしょう。
価格帯についても、86のベース車がロードスターよりもやや高価格帯に設定されていることから、86オープンはプレミアムオープンスポーツカーとしてのポジションを狙っていたと推測されます。
現在販売されている2代目GR86においても、オープンモデルの設定は行われていませんが、初代で市販化目前まで進んでいた技術的蓄積は無駄になっていないと考えられます。トヨタとしても、オープンスポーツカー市場への参入意欲は完全に失われていないはずです。
特に、電動化が進む自動車業界において、内燃機関を搭載したスポーツカーの価値は相対的に高まっています。GR86のような純粋なスポーツカーに対する需要は根強く、オープンモデルへの要望も継続的に寄せられています。
多田哲哉氏が新型スープラの開発主査も務めていることから、スープラでのオープンモデル開発経験がGR86オープンの実現に活かされる可能性もあります。技術的な共通点や開発ノウハウの蓄積により、より効率的な開発が可能になるかもしれません。
市場の反応次第では、GR86のマイナーチェンジやフルモデルチェンジのタイミングでオープンモデルが追加される可能性は十分にあります。特に、海外市場でのオープンスポーツカー需要は日本以上に高く、グローバル展開を考えれば商業的な成功も期待できるでしょう。
また、2025年現在でも86オープンに関する話題が継続的に取り上げられていることから、自動車ファンの関心は依然として高い状況です。トヨタとしても、このような市場の声を無視することは難しく、将来的な商品企画において重要な検討材料となっているはずです。