1989年(平成元年)に創設された立体道路制度は、道路と建築物の空間的な一体化を実現させる国家的な制度です。従来、道路と建物は完全に分離された空間として計画されてきましたが、この制度の導入により、限られた都市部の土地を有効活用することが可能になりました。
立体道路制度は、道路法、都市計画法、建築基準法の3つの法律を統合的に運用するもので、道路の区域を立体的に限定することで、その上下に建築物を建設できる仕組みとなっています。都市部での用地買収の困難さや莫大な費用負担を軽減するための革新的な制度設計であり、大都市の開発効率を大きく向上させました。
TKPゲートタワービルが日本で初めてこの制度を適用した事例となったことで、以降、全国の都市部での道路整備プロジェクトに新しい選択肢をもたらすことになりました。
TKPゲートタワービルの位置する土地は、明治26年の創業から代々薪炭業を営む企業の所有地でした。LPガス充填所としての事業継続は移転が困難な特性を持つため、地権者は簡単に用地売却することができない特殊な事情を抱えていたのです。
1983年に建物老朽化による改築を計画した地権者は、同時期に都市計画で定められた高速道路建設ルートがちょうどこの土地と重なることに直面します。用地買収による事業進行は地権者の同意を得られず、阪神高速道路公団(現・阪神高速道路株式会社)との交渉は難航を極めました。
約5年に及ぶ交渉の末、両者は前代未聞のアイデアに到達しました。それが、高速道路をビル内に貫通させるという決断です。実は、この決定は経済的なメリットも大きかったのです。土地買収よりも区分地上権の設定のほうが、阪神高速側にとっても安上がりになるという計算があり、両者のWin-Winな関係が成立したのです。
ビル貫通型高速道路の実現を支えているのが、「区分地上権」という民法上の特殊な権利概念です。通常、地上権は土地全体に対して設定されますが、区分地上権は他人の土地の特定の地下または空間部分に限定して、工作物を所有するための権利です。
TKPゲートタワービルにおいて、5~7階の空間は阪神高速道路会社が区分地上権を設定することで、いわば「テナント」として空間を借りる形式となっています。この仕組みにより、ビルの所有者は道路営団に対して使用権を提供し、一定の対価を受け取る関係が構築されました。
建築基準法上も特別な扱いがなされており、5~7階には床面が存在しないため、建築基準法上の階数計算には含まれません。表示上は16階ですが、実質的には地上13階建てと計算される特殊な建築基準となっています。
ビル貫通型高速道路では、通常の高速道路では不要な特殊な対策が施されています。最大の課題は、走行車両からの騒音と振動がビル内に伝わることです。これを防ぐため、道路の貫通部分前後5メートルを含めて、二重構造の防音シェルターで完全に覆うという大規模な対策が実施されました。
防音シェルターは、音の反射、吸音、回折制御の3要素を組み合わせた高度な音響工学に基づいて設計されています。ハニカム構造を採用した多孔質吸音材により、高速走行車両の騒音を効果的に吸収します。また、火災対策として、道路内またはビル内で火災が発生した場合の延焼防止機能も備えられており、防火シェルターとしての役割も果たしています。
さらに、自動車の排気ガスやタイヤの飛散物がビルに付着することを防ぐため、側面を含めた完全な遮蔽構造が施されています。ビル内のテナントとなったティーケーピーが運営する貸し会議室では、ほぼ騒音を感じることはなく、快適な執務環境が保たれています。
世界的に見ても、高速道路がビルの中心を貫通する例は極めて稀です。これは、都市計画や土地利用権の概念が国によって大きく異なるためです。米国や欧州では、都市部の高速道路は通常、地下トンネル方式または高架橋方式で整備され、建物との複雑な権利関係を避ける傾向があります。
日本の立体道路制度が特異である理由は、限定された国土面積と過度に集中した都市部の土地価格という特殊な背景があります。狭い土地を最大限に有効活用する必要性から、官民が協力して道路と建物の共存を実現させるという創意工夫が生まれたのです。
TKPゲートタワービルの事例は、日本の都市工学における先進的な思考の象徴となり、その後、大阪湊町PAなど他の地域での類似プロジェクトにも影響を与えました。2002年に完成した湊町リバープレイスでも、立体道路制度を活用した道路と建物の一体開発が進められており、日本が都市空間の活用において世界に先駆ける例として認識されています。
国土交通省「立体道路制度について」:立体道路制度の法的枠組みや全国の活用事例、制度設計の詳細が記載されており、制度創設の背景と実際の運用方法を理解する上で参考になります。
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