バモスホンダは、ホンダが1970年10月から1973年まで約3年間販売した、極めて個性的な軽トラックです。正式名称は「バモスホンダ」で、ホンダの車名としては珍しく、車名の後に社名が付く数少ないモデルでした。
このクルマの最大の特徴は、軽トラックでありながら屋根もドアもないという斬新すぎる構造にあります。座席が完全に露出しており、転落防止用のガードパイプのみが装備されていました。
バモスホンダには3つのバリエーションが用意されていました。
シートは前後ともベンチシート仕様で、シートベルトは腰のみを支える2点式でした。
バモスホンダのボディサイズは、全長2995mm×全幅1295mm×全高1655mm、ホイールベース1780mmと非常にコンパクトでした。車両重量はわずか520kgしかなく、軽量性を活かした機動性の高さが特徴でした。
パワートレインには、強制空冷4サイクル2気筒OHCエンジンを搭載していました。このエンジンは360cc排気量で、最高出力30馬力/8000rpm、最大トルク29Nm/5500rpmを発揮し、最高速度は90km/hと公表されていました。
興味深いことに、バモスホンダは当時のホンダ軽トラTN360をベースとしており、N360用のエンジンを荷室床下へ搭載するアンダーフロアミッドシップレイアウトを採用していました。これは現在のホンダ軽トラの原点とも言える技術でした。
フロント部分にはスペアタイヤが装着されており、これは単なるデザイン要素ではなく、衝突時のショックを吸収する安全装備としての役割も果たしていました。また、フロントバンパーは高剛性に仕立てられ、大型オーバーライダーという補強部品が取り付けられていました。
バモスホンダは奇抜な見た目とは裏腹に、高い実用性を備えていました。商用車として以下の用途を想定して開発されていました。
車内のメーターやスイッチ類はすべて防水仕様で設計されており、急な雨が降っても故障せず、車内を水洗いすることも可能でした。これは屋根のない構造ならではの実用的な配慮でした。
ボディサイドから後部にかけてのセットバック部分には手すりが設けられ、積み荷の飛び出し防止とロープフックの両方の機能を果たしていました。車体後部左側にはけん引フックも装備されており、作業現場での多様なニーズに対応していました。
オープンカーならではの安全・盗難対策として、ハンドルロックと鍵付きのグローブボックスを搭載していました。また、ウィンカーの作動状況を表示するインジケーターランプは、矢印ではなく「turn」と書かれた左右兼用のランプという珍しい仕様でした。
バモスホンダの当時の車両価格は31万5000円から36万3000円で設定されていました。これは1970年代初頭としては決して安価ではない価格帯でした。
ホンダは当初、月産台数2000台を想定していましたが、実際の販売実績は大きく下回りました。約3年間の販売期間でわずか2500台しか売れず、そのまま販売終了となってしまいました。
販売不振の理由として、以下の要因が挙げられます。
特撮ヒーロー番組「ジャンボーグA」や「ウルトラマンタロウ」にも登場しましたが、かなり外観を変えられてベースが分からないほどでした。
ボディカラーは4色が用意されており、「マッキンレーホワイト」「キャラバングリーン」「アンデスイエロー」「アペニンブルー」という、当時のレジャーブームを反映した冒険的なネーミングが特徴的でした。
興味深いことに、現代のホンダは再び「屋根なし軽トラ」のようなコンセプトの車両を開発しています。それが**Autonomous Work Vehicle(AWV)**です。
AWVは2023年のジャパンモビリティショーで日本初公開された自動運転作業車両で、「屋根なし軽トラ」と呼ばれることもあります。このAWVには、かつてホンダが販売していた軽トラック「アクティトラック」のパーツが流用されており、デザイン面でもその影響が見受けられます。
第3世代AWVの仕様。
AWVもバモスホンダと同様に、キャビン部分が撤去され、運転席に該当するスペースのない設計となっています。ただし、AWVは完全自動運転を前提とした作業車両であり、バモスホンダとは根本的に用途が異なります。
バモスホンダから約50年を経て、ホンダが再び「屋根なし」のコンセプトに挑戦していることは、同社の革新的な技術開発への姿勢を示しているとも言えるでしょう。現代の技術により、かつて実現できなかった理想的な作業車両の形が具現化されつつあります。
現在、バモスホンダは極めて希少な存在となっており、中古車市場でも滅多に見かけることはありません。しかし、その挑戦的なコンセプトと独創性は、ホンダの歴史の中でも特別な位置を占める一台として記憶されています。