昭和から平成初期にかけて、箱乗りは暴走族の象徴的な行動となりました。深夜の公道を改造車で走行し、低速の蛇行運転や車外に身を乗り出す箱乗りを仲間内で競い合うことで、威圧感や連帯感を誇示していたのです。暴走族にとって、箱乗りは「武勇伝」の一つで、集団の絆を示す重要な儀式だったのです。
しかし1970年代から1980年代にかけて、箱乗り中に転落して死亡する事故が相次ぎました。実際に2004年11月の北海道釧路町では、20歳の男性が箱乗り状態で車外に落ち、全身を強く打って死亡する事故が発生し、運転者が逮捕されています。社会問題化を受け、共同危険行為を禁じる罰則が強化され、暴走族による箱乗りは次第に下火となっていきました。
箱乗りが招く最大の危険は、走行中の急ブレーキやハンドル操作のミスで簡単に振り落とされることです。転落した場合、本人が死傷するだけでなく、落下した人を後続車が轢いたり、回避行動による二次事故を誘発する恐れがあります。
実例として、2022年6月の千葉県木更津市では箱乗り関連の重大事故が報告されており、2021年11月には首都高速川崎線でも同様の事故が記録されています。落下した場合、硬い地面に頭を打つ、硬い路面との衝突によるせき椎損傷、内臓損傷など、致命的な事故につながる可能性が非常に高いのです。
また、周囲の車両や歩行者にも深刻な迷惑をかけます。予測不能な動きをするため、他のドライバーが驚いて急ブレーキを踏む、回避しようとして事故を起こすといった二次的なトラブルを誘発する可能性が高まります。
箱乗りはその危険性の高さから、当然ながら複数の道路交通法に違反します。主な違反内容は以下の通りです。
安全運転義務違反:道路交通法第70条では、運転者は常に安全に車両を操作しなければならないと規定されています。箱乗りはこの義務を著しく侵害する行為です。
シートベルト着用義務違反:同法第71条では、乗車中はシートベルトの着用が義務付けられています。箱乗りは必然的にシートベルトを外した状態で行われるため、明確にこの規定に違反します。
乗車方法違反:道路交通法第55条第2項では、乗車定員や乗車方法が定められており、荷台や車体外に乗る行為は本来の使用方法を逸脱しています。
共同危険行為の禁止:道路交通法第68条では、複数の車両が競争したり、車外に身を乗り出す行為をすることが禁止されており、違反した場合は二年以下の懲役または五十万円以下の罰金が科される可能性があります。
実際に、首都高速道路で運転者自身が箱乗り状態で走行した事件では、運転者・同乗者ともに道路交通法違反で逮捕されています。
首相や大統領など要人を乗せた車の一行では、SPが箱乗り状態で警護に当たる光景が見られます。近年「SPの箱乗り」というフレーズが話題になったのは、走行中の車両から身を乗り出して周囲の車両を誘導する映像が拡散されたことに由来します。
一見危険に見えるものの、これは車列が安全かつ円滑に合流するための高度な警護テクニックです。赤色灯や手信号で周囲に走行制止を促し、首都高速への合流、料金所付近、交差点での右左折時など、追突・割り込みリスクが高い地点で実施されます。
道路交通法施行令第26条の3の2第1項では、警護対象者の身辺警護や警察官の公務など、その性質上シートベルトを装着して自動車を運転・乗車することが困難と認められる職務に従事する場合、シートベルト装着義務が免除されます。したがって、SPの行為はこうした規定に基づく特例措置と考えられます。
SPが箱乗りする際には、厚手の耐切創グローブを装着し、肩が窓枠に密着する姿勢を取ることで転落リスクを最小化しています。命綱なしで立ったまま乗り出すのではなく、プロの訓練を受けた高度な技術が用いられているのです。
参考:要人警護の法的根拠について
警察庁公式サイト
選挙期間中、候補者が選挙カーの窓や天井から身を乗り出して手を振る光景も広義の箱乗りに当たります。公職選挙法上の選挙運動は正当な民主的活動とされ、道路交通法施行令第26条の3の2第1項第8号では「公職選挙法の規定による選挙運動」を行うために自動車に乗車する場合、シートベルト装着義務が免除されるのです。
したがって、候補者やスタッフが車上からアピールする行為自体は直ちに違反とはなりません。しかし転落や接触事故のリスクは残るため、自治体選管が候補者へ自粛を要請する事例も増えています。
速度を極力落とす、停車中のみ身を乗り出す、転落防止用の演説台を設置するといった安全対策が求められています。東京都内のある市長選では、候補者が腰下までホールドするハーネス付き演説台を採用し、低速走行時でも体が揺れにくく、聴衆への視認性も向上させました。以降の地方選挙では、同様の車両改造例が増えています。
参考:選挙運動と道路交通法について
総務省選挙部
欧米ではサンルーフから上半身を出して立ち上がる「サンルーフサーフィン」も問題視されていますが、日本の道路交通法では、窓やサンルーフから体を出す行為は同等に危険と判断されます。
乗車方法違反(道路交通法第55条第2項)やシートベルト装着義務違反(同法第71条の3)に該当する可能性があり、「窓だから軽い違反」という誤解は禁物です。箱乗りもサンルーフサーフィンも法的評価は同様であり、同じ厳しい罰則の対象となります。
SNS上では、サンルーフサーフィンやルーフサーフィンの動画が拡散されることがありますが、これらは極めて危険な行為であり、決して真似してはいけません。動画投稿者が後日検挙されるケースも増えており、「その場で捕まらなくても逃げ切れるわけではない」という厳しい現実があります。
首都高速道路などでは危険運転動画の投稿が増えた2020年以降、警察がSNS上の情報を端緒とした捜査体制を強化しています。各都道府県警察では、ウェブサイトや専用窓口を通じて一般ユーザーからの危険運転に関する情報提供を受け付けており、SNS上の動画投稿なども捜査の端緒として積極的に活用されています。
その場で即時検挙できないケースもありますが、ナンバープレートや映像から後日車両と人物を特定し、危険運転を行った者は書類送検や逮捕で法的責任を問われます。AIによる映像解析やナンバープレート照合技術なども捜査に用いられることがあり、これらの取り組みにより、後日検挙に至るケースが増えています。
実際、警察が無理に追跡すれば、さらなる危険を招く恐れがあるため、その場で即時検挙できないケースもあります。しかし「その場で捕まらなくても逃げ切れるわけではない」という現実が浮き彫りになっており、将来的な検挙のリスクは極めて高いのです。
参考:危険運転通報システム
警察庁・各県警サイト
自家用車で箱乗り中に転落死事故を起こした場合、自賠責保険は被害者に対して支払い義務を負いますが、加害者が同乗者(友人)である場合は運転者への重過失減額が適用されるケースもあります。
より深刻なのが任意保険です。箱乗りは「被保険者による故意・重大な過失」に該当し、保険金の一部または全額が不払いとなる可能性が非常に高いのです。つまり、自分で起こした事故の損害賠償を全額負担することになりかねません。
転落して自分が死傷した場合も、保険が適用されない可能性があります。友人を死傷させた場合には、相手方と その家族に対して数千万円単位の賠償責任を負う可能性があり、一生涯の経済的負担を背負うことになるでしょう。
参考:自動車保険と危険行為について
日本損害保険協会
箱乗りは「かっこいい」と感じるかもしれませんが、現実の箱乗りは、自分だけでなく、家族、友人、そして見ず知らずの他人の人生まで狂わせてしまう可能性を秘めた、極めて危険で無責任な行為です。
映画や漫画の世界では箱乗りがかっこよく見えるかもしれませんが、ほんの少しの好奇心やスリルが、一生後悔するような悲劇につながります。警察による検挙、罰金や懲役、保険の不払い、民事上の多額賠償請求など、法的・経済的なリスクは極めて高いのです。
「かっこいい」と「危険」、そして「法律違反」の区別をしっかりとつけることが重要です。ハンドルを握る者は自他の命を守る責任を負っており、決して箱乗りのような危険行為に手を出してはいけません。交通ルールを守り、安全で安心な社会づくりに協力することが、すべての国民の責任なのです。