全国のゴミ収集車で最も多く使用されているのが「赤とんぼ」のメロディです。この楽曲が選ばれる理由は、一日の終わりを表現する夕方の歌として、収集作業の完了を住民に知らせる効果があるとされています。
兵庫県尼崎市では長年「赤とんぼ」を使用しており、地域住民にとってゴミ収集の代名詞となっています。寝屋川市と交野市でも同様に「赤とんぼ」を採用し、現在は新型コロナウイルス感染予防の注意喚起アナウンスと交互に流すという独自の取り組みを行っています。
和歌山市の住民アンケートでは、「ゴミの収集といえば赤とんぼのメロディと頭に焼き付いている」「ゆったりとしたメロディでガチャガチャとうるさくなく良い」といった肯定的な意見が多数寄せられています。このように、赤とんぼは住民に親しまれ、ゴミ出しのタイミングを知らせる重要な役割を果たしています。
全国各地では「赤とんぼ」以外にも様々な楽曲が採用されています。神奈川県座間市では「乙女の祈り」を使用し、宝塚市では「夕焼けこやけ」が流れています。
特に注目すべきは川崎市の事例で、ゴミ収集車から流れる音楽は実は「川崎市民の歌」です。しかし、市民の歌として歌われる機会がほとんどないため、地域住民の間では「ゴミ収集車の歌」として親しまれているという興味深い現象が起きています。
東大阪市では、地元出身の有名人であるつんく♂さんが作曲したオリジナル楽曲を使用しており、地域の特色を活かした選曲となっています。その他にも「エリーゼのために」「五木の子守歌」「おさるのかごや」など、童謡やクラシック音楽を採用する地域も多く存在します。
ゴミ収集車から流れる音楽は、業務用拡声音響装置によって再生されています。この装置を製造する代表的な企業の一つが「ノボル電機」で、1945年に大阪市東成区で創業し、ホーン型スピーカーの設計や製造を手掛けています。
2018年に大阪府枚方市に本社工場を移転したノボル電機は、長年蓄積してきた技術を活用して業務用音響機器を提供しています。同社の猪奥元基社長は、技術を多くの人々に身近に感じてもらうため、一般消費者向けブランド「ノボル電機製作所」も立ち上げ、スマートフォン用スピーカーやホームオーディオ分野にも参入しています。
これらの音響機器は、単に音楽を流すだけでなく、ゴミ集積所でのカゴやネットの片付けタイミングの案内や、作業の安全確保を目的として重要な役割を担っています。
近年、騒音トラブルが原因でゴミ収集時に音楽を流さない地域が増加しています。早朝や住宅密集地での収集作業において、音楽が近隣住民の迷惑になるケースが報告されており、自治体は音量調整や時間帯の配慮などの対策を講じています。
一方で、朝霞市では東京2020オリンピック・パラリンピックの射撃会場となることを記念して、オリジナル楽曲「夏の夢の始まりに」を制作し、2021年4月から燃やすゴミの収集車で使用を開始しました。大会終了後も継続使用する予定で、地域の記念として音楽を活用する新しい取り組みとなっています。
寝屋川市のように、コロナ禍において感染予防の注意喚起アナウンスと音楽を交互に流すなど、時代のニーズに合わせた柔軟な対応も見られます。
ゴミ収集車の音楽は、日本独特の自動車文化の一部として定着しています。子どもたちにとってゴミ収集車は身近な働く車の代表格であり、特徴的な音楽は車両への興味を喚起する重要な要素となっています。
自動車マニアの視点から見ると、ゴミ収集車は特装車両の一種として技術的な興味深さがあります。音響システムの搭載は、車両の機能性を高める改造の一例であり、用途に応じたカスタマイズの好例と言えるでしょう。
また、地域によって異なる音楽の選択は、その土地の文化や価値観を反映しており、自動車が単なる移動手段を超えて地域コミュニティの一部として機能していることを示しています。川崎市の事例のように、市民の歌がゴミ収集車を通じて日常的に親しまれるという現象は、自動車が文化の伝承媒体としても機能していることを表しています。
このように、ゴミ収集車の音楽は単なる作業効率化の手段を超えて、地域文化の形成と継承、そして自動車文化の多様性を示す興味深い事例となっています。