ガソリンをペットボトルに入れた場合、容器そのものが溶けることは直ちには起こりません。しかし、より深刻な問題が発生します。ガソリンは常温に置いても揮発性が非常に高い液体であり、ペットボトルのキャップを閉じると内部の圧力が急速に上昇するのです。このメカニズムにより、薄いペットボトルの構造では内圧に耐えられず、破損に至ります。破損すると、ガソリンが外部に漏出し、火災のリスクが飛躍的に高まります。
さらに、ペットボトルに使用されているPET樹脂そのものと、ペットボトルの蓋や外側に印刷されているフィルムはガソリンに対して脆弱です。蓋に使われているプラスチック部品は、ガソリンの成分と反応して徐々に劣化し、微細な亀裂が生じやすくなります。外側のラベルフィルムに至っては、ガソリンに接触すると比較的短時間で溶解し始め、その溶けた不純物がガソリン内に混入してしまいます。
ペットボトルのような非導電性の容器材料を使ってガソリンを保管すると、静電気が容器内に蓄積しやすくなります。これは金属製の携行缶と異なり、電荷が地面に逃げられないためです。給油時や輸送時の振動により静電気が発生し、その電荷が放電すると爆発的な引火が起こります。ガソリンと静電気の組み合わせは、最も危険な火災シナリオの一つです。また、ペットボトルの破損によってガソリンが外部に漏出した場合、その蒸気は極めて可燃性が高く、わずかな火源でも大規模な炎上につながる恐れがあります。
ペットボトルからの漏出ガソリンは、液体だけでなく蒸気も周囲に拡散し、想定外の場所で引火する危険性があります。特に車内や船舶、居住空間でこのような事態が発生すれば、爆発的な炎症を引き起こし、人命に関わる事故へと発展します。
ペットボトル素材が実際には完全には溶けなくても、蓋や接合部、ラベルフィルムから微量の樹脂成分がガソリンに溶け出し始めます。これらの溶けた成分が含まれたガソリンを小型エンジンやバイク、発電機に使用すると、エンジン内で深刻なトラブルが生じます。具体的には、ピストンシリンダーの焼き付き、キャブレターの目詰まり、燃料フィルターの詰まりなどが発生し、修理に多大な費用がかかります。特に小型エンジンは燃料品質に敏感であり、わずかな不純物でも性能低下や故障につながりやすいのです。
灯油用の汎用ポリタンクにガソリンを入れてしまった場合、容器そのものが溶け出すことさえあります。石垣市消防本部の注意喚起によれば、基準を満たさないプラスチック容器にガソリンを保管すると、火災を引き起こしたり、容器が溶け出したりする可能性が明記されています。
令和6年(2024年)3月、消防法が改正され、従来の金属容器のみという規制から、特定の基準を満たしたプラスチック容器の使用が認められるようになりました。これまで長年にわたり「ガソリンはペットボトルに入れてはいけない」という絶対的ルールがありましたが、この改正により、厳密な条件を満たすプラスチック容器であれば法的に認められるようになったのです。
認められるプラスチック容器には、以下のすべての条件を満たす必要があります。
まず第一に、容器に「UNマーク」が表記されていることが必須です。これは国際勧告に適合した危険物運搬容器であることを示す国際的な認証マークです。第二に、容器に「3H1」という記号表記が明記されていることが条件です。3H1は天板固着式のプラスチック容器を示す国際的な分類記号であり、これが無ければ基準適合容器ではありません。第三に、製造年から5年以内であることが厳しく規定されています。古い容器は劣化により基準を満たさなくなるため、製造年の確認が不可欠です。最後に、容器の容量が最大10リットル以下に制限されていることが条件となります。
ガソリン運搬や保管に対応した携行缶を選ぶ際には、複数の安全マークの確認が重要です。金属製携行缶の場合、KHKマーク(危険保安技術協会認定)が付いているかを確認してください。このマークは、落下試験、気密試験、内圧試験、積み重ね試験の全項目をクリアした製品であることを示しています。これらの試験項目は、ガソリンの揮発性による内圧上昇、運搬時の衝撃、保管中の振動などあらゆる状況に対応することを保証しています。
金属製携行缶は従来からの信頼できる選択肢であり、電気亜鉛メッキ鋼板に外部焼付け塗装が施されたものが主流です。この構造により、雨などによる腐食に強く、長期保管にも適しています。20リットルなどの大容量タイプも販売されており、キャンプや発電機の燃料として多く利用されています。エア調整ネジ付きの製品を選ぶと、内部の圧力調整がしやすく、使い勝手が向上します。
新たに認められたプラスチック製容器を選ぶ場合、前述のUNマーク、3H1表記、製造年確認、10リットル以下という4つの条件すべてを満たしているか、購入前に必ず確認してください。不確かな場合は、ホームセンターの店員に相談するか、消防署に問い合わせることを推奨します。
石垣市消防本部による「ガソリン容器について」では、法改正の詳細と基準を満たさない容器使用時の火災リスクが記載されています。
ペットボトル程度の少量保管であっても、消防法適合品の小容量携行缶(1リットルから数リットル程度)がホームセンターで手軽に購入できるようになっています。少量だからといって油断せず、必ず基準適合品を選択することが重要です。
ガソリンを保管・運搬する量によって、消防長または消防署長への届出が必要になる場合があります。この届出義務は自治体によって異なり、各市町村の条例で具体的な数量基準が定められています。指定数量以下の保管量であっても、自治体によっては届出が必要な場合がありますので、事前に管轄の消防署に確認することが必須です。
ガソリンの保管に関する法的責任は非常に重く、基準を満たさない容器の使用や届出義務を無視した場合、消防法違反として罰則が定められています。罰則には罰金や行政処分が含まれ、重大事故が発生した場合は刑事責任に問われる可能性もあります。したがって、少量の保管であっても、必ず正規の容器を使用し、管轄消防署に相談することが重要です。
キャンプ用発電機、バイクの予備燃料、小型ガーデニング機器など、日常的にガソリンを少量保管する家庭は意外と多いものです。しかし、その多くが法令遵守の観点で不適切な対応をしているケースが見受けられます。安全で合法的なガソリン管理のために、消防法と自治体条例の要件をしっかり把握し、適切な容器選択と届出手続きを実施することが、火災防止と法的トラブル防止の両面で極めて重要なのです。