不凍液の甘い味は、その主成分であるエチレングリコールに由来しています。三菱ケミカルホールディングスなどの調査によれば、この成分は「常温で粘り気があり無色無臭で甘みのある液体」という特徴を持っています。実際には無臭と表記されることもありますが、加温されたクーラントが漏れた場合、揮発時に砂糖菓子のような甘い匂いを放出します。この甘い臭気が車内に入ると、飲み物をこぼしたと誤認する運転者も多く、カー用品店のスタッフにはそうした相談が頻繁に寄せられています。甘い味を持つ理由は、エチレングリコールの分子構造に由来するものであり、これが後述する中毒事故の主原因となっているのです。
不凍液に含まれるエチレングリコール成分の甘い味は、人間やペット、特に子供にとって極めて危険です。甘い匂いと甘い味は、飲料と誤解しやすく、口に含んでしまうケースが報告されています。ペットが誤飲する事例は特に多く、動物病院では「エチレングリコールをペットが飲んでしまい、エチレングリコール中毒を起こした」という相談が絶えません。経口摂取の直後は嘔吐や下痢という初期症状が現れますが、これらの症状を軽視して放置すると、さらに深刻な状態へと進行します。不凍液は自動車の車庫に保管されることが多いため、子供やペットが容易にアクセスできる環境にあることも、危険性を高める要因となっています。
エチレングリコール中毒は極めて危険な状態です。初期段階では薬物中毒、嘔吐、腹痛が現れ、その後意識レベルの低下、頭痛、発作へと進行します。長期的には腎不全や脳損傷が生じ、少量の摂取であっても毒性は認められます。体内に入ったエチレングリコールは分解される過程でグリコール酸とシュウ酸となり、これらが中毒の直接的な原因となります。診察時には尿中にシュウ酸カルシウムの結晶が確認され、アシドーシス(血液の酸性化)やオスモラリティー・ギャップの増加が見られます。重度の中毒では失神や昏睡に至り、最悪の場合死亡に至ることもあります。米国では年間5000件以上のエチレングリコール中毒が発生しており、中毒者は成人に、また男性に多く見られるという統計があります。
エチレングリコールによる中毒事故の歴史は古く、1930年代にはすでに死亡事例が報告されていました。1937年に起きたジエチレングリコール混入による「エリキシール・スルファニルアミド事件」では、多くの死者が出たことで、アメリカは1938年に連邦食品・医薬品・化粧品法を制定し、新薬販売時に安全性の証明が義務付けられるようになりました。この背景から、不凍液メーカーは子供やペットの誤飲を防ぐため、苦味剤を添加する対策を講じています。しかし、苦味剤の効果は限定的であることが指摘されており、単なる味の添加だけでは根本的な解決にはなっていません。2023年には、エチレングリコール汚染された咳止めシロップが世界的に流通し、インドおよびインドネシアで300人以上の死者を出す事態が発生しました。このように、不凍液の成分は規制が進まなければ新たな被害を招く可能性があります。
不凍液の甘い味という特性から身を守るには、正しい保管と取り扱いが必須です。不凍液は自動車の車庫やガレージに保管されることが多いため、子供やペットが容易にアクセスできない場所への保管が重要です。万が一、不凍液を飲んでしまった場合は、躊躇せずに直ちに医療機関へ搬送する必要があります。早期の医療介入が生存率を大きく左右します。治療には、ホメピゾールなどの解毒剤が投与されるほか、重度のアシドーシスがある場合は血液透析が行われます。さらに、炭酸水素ナトリウムやチアミン、マグネシウムなどの補助的な治療が併用されることもあります。多くの自動車ユーザーは不凍液の危険性を過小評価しがちですが、甘い味を持つこの液体は紛れもない「人体に猛毒」の化学物質です。車の定期メンテナンス時には、不凍液の漏れがないかを確認し、もし漏れが発生した場合は速やかに修理することが、家族やペットの安全を確保するうえで欠かせない対策となります。
参考情報:不凍液の危険性について、エチレングリコール中毒の医学的な詳細は、以下のリソースで確認できます。
エチレングリコール中毒について、症状から治療までの医学的情報