2004年1月に千葉県幕張メッセで開催された東京オートサロン2004で、無限(MUGEN)が衝撃的なコンセプトカーを発表しました。その名も「Fit Dynamite(フィットダイナマイト)」。初代ホンダフィットをベースに、走行性能を大幅に向上させた本格的なスポーツモデルとして注目を集めました。
このコンセプトカーは単なる展示用モデルではなく、実際に走行可能な状態で製作されていました。無限の技術力の高さを示すとともに、将来的なコンプリートカー製作への布石として位置づけられていたのです。
会場では真紅のボディカラーに身を包んだフィットダイナマイトが、その迫力ある外観と驚異的なスペックで多くの来場者の注目を集めました。特に自動車愛好家からは「市販化してほしい」という声が多数寄せられ、大きな話題となりました。
フィットダイナマイトの心臓部には、通常のフィットとは全く異なるエンジンが搭載されています。ベースとなった初代フィットは1.3リッターおよび1.5リッターの直列4気筒エンジンで最高出力86馬力から110馬力を発揮していましたが、フィットダイナマイトでは次元の違うパワーユニットを採用しました。
搭載されたのは、米国のSCCA(スポーツカークラブ・オブ・アメリカ)ワールドチャレンジクラスに参戦していたアキュラRSX(日本名:ホンダインテグラ)用のK20Aレーシングスペックエンジンです。このエンジンを無限がストリート向けにリチューニングし、最高出力260馬力/8800回転という驚異的なパワーを実現しました。
エンジンの搭載にあたっては、サイドフレームとバルクヘッドの大加工が必要で、サブフレームはDC5(インテグラタイプR)用を溶接して使用するという本格的な改造が施されています。また、強大なパワーを手に入れた代償として、ノーマル形状のボンネットではエンジンが収まらず、巨大なパワーバルジが追加されました。
フィットダイナマイトの外観で最も印象的なのは、その過激なワイドボディ仕様です。フロントとリアのフェンダーは車体から大きく張り出したブリスター形状に変更され、全幅はDC5インテグラタイプRと同じ1725mmまで拡大されました。
この大幅なワイド化により、大径かつワイドサイズのタイヤを装着することが可能となり、260馬力のパワーを路面に伝える能力が大幅に向上しています。ドライブシャフトもワンオフで製作され、ワイドトレッド化に対応した専用設計となっています。
ヘッドライトもプロジェクター式の4灯タイプに変更され、立体的で迫力のある顔つきを実現しています。これらの変更は見た目のインパクトだけでなく、空力性能の向上も考慮されており、無限によれば優れた空力特性を持つとされています。
車体下部にはアンダーパネルも装備され、フルフラット化されたフロアによってダウンフォースを稼ぐ設計となっています。エキゾーストシステムもディフューザーパネル内に収められるなど、徹底的な空力追求が行われています。
多くのファンから市販化を求める声が寄せられたフィットダイナマイトですが、残念ながら市販には至りませんでした。その理由として、まず製造コストの問題が挙げられます。K20Aレースエンジンの搭載には大規模な車体改造が必要で、量産化には現実的ではありませんでした。
また、安全性や環境性能の面でも課題がありました。レース用エンジンをベースとしたパワーユニットは、一般道での使用を前提とした排出ガス規制や騒音規制をクリアするのが困難でした。さらに、260馬力という高出力をコンパクトカーのボディで安全に制御するには、より高度な安全装備が必要となります。
無限としても、このフィットダイナマイトは技術力のアピールとコンプリートカー事業への布石として位置づけており、そのままの形での市販は想定していませんでした。代わりに、フィットダイナマイトのイメージを踏襲した外装パーツやチューニングアイテムが市販化されることとなりました。
フィットダイナマイトが発表されてから20年が経過した現在、その価値は改めて評価されています。当時としては革新的だった初代フィットへの大排気量エンジン搭載というコンセプトは、現在のカスタムカー業界でも高く評価されています。
特に注目すべきは、無限の技術力の高さです。単純にエンジンを載せ替えるだけでなく、インテリアのメーターパネルまで専用設計し、純正然とした仕上がりを実現していました。デザインの統一性と品質の高さは、現在のカスタムカー製作においても参考になる要素が多く含まれています。
また、フィットダイナマイトは無限ブランドの将来性を示すプロジェクトでもありました。AMGやアルピナのような独自技術でスペシャルモデルを手がける業態を目指していた無限にとって、このプロジェクトは重要な意味を持っていました。
現在のホンダフィットは4代目となり、ハイブリッドシステムを中心とした環境性能重視の方向性となっています。しかし、フィットダイナマイトのような過激なスポーツ仕様への憧れは、多くの自動車愛好家の心に残り続けています。
フィットダイナマイトの存在は、コンパクトカーの可能性を大きく広げたコンセプトカーとして、自動車史に名を刻む一台となっています。その技術的チャレンジと完成度の高さは、20年経った今でも色褪せることなく、多くの人々に感動を与え続けているのです。