2007年の第40回東京モーターショーにおいて、ダイハツは創立100周年という記念すべき年に「Innovation for Tomorrow」をテーマに掲げ、革新的なクルマづくりへの挑戦を提案しました。この中で最も注目を集めたのが、マッドマスターC(Mud Master-C)というコンセプトカーでした。
このコンセプトカーは、単なる展示用モデルではなく、実用性を重視した設計思想のもとで開発されました。ダイハツが「小ささと軽さが生み出す高い走破性に加え、フレーム付ボディの圧倒的な耐久性と積載性をあわせ持つスモール&タフなトランスポーター」と説明したように、従来の軽トラックの概念を大きく覆す革新的な提案でした。
特筆すべきは、サイクルスポーツ界を代表する鈴木雷太氏との共同企画により開発された点です。これにより、実際のユーザーニーズを反映した実用的なコンセプトカーとして仕上がりました。過酷な環境でのプロユースからアウトドアスポーツまで対応する、新しい小型トランスポーター像を提示したのです。
マッドマスターCの最大の特徴は、全長3395mm×全幅1600mm×全高1960mmというコンパクトなボディサイズにあります。この寸法は、軽自動車規格を若干上回るものの、大型4WDでは入れない難所への移動・運搬を可能にする絶妙なサイズ設定となっています。
エンジンには660ccの直3DOHCが想定されており、軽自動車用エンジンをベースとしながらも、パートタイム4WDシステムと組み合わせることで、本格的なオフロード性能を実現しています。この組み合わせにより、燃費性能と走破性能を両立させた画期的なパワートレインを提案しました。
ボディデザインは「カクカク」とした角張った形状が特徴的で、ソリッドな面構成のフルキャブスタイルを採用しています。この斬新なデザインは、単なる見た目の印象だけでなく、実用性も考慮されており、強度と機能性を両立させた設計となっています。
フレーム付ボディの採用により、圧倒的な耐久性を確保しているのも大きな特徴です。これにより、過酷な使用環境でも長期間にわたって安定した性能を発揮できる設計となっています。
マッドマスターCの最も革新的な機能が、荷台部分に採用された「アタッチメントボディ」機構です。この機構は、車体の両側面と後面が開く3面の大型ガルウィングドアを採用しており、マウンテンバイクのような大きな荷物でも横から容易に積み下ろしできるアクセス性を実現しています。
従来の軽トラックでは、荷台への積み込みは主に後方からのみ行われていましたが、この3面ガルウィングドア機構により、作業効率が大幅に向上します。特に長尺物や大型の荷物を扱う際には、その利便性は計り知れません。
さらに興味深いのは、開いたドアがシェルターとしても機能する点です。アウトドアでの使用時には、雨風を防ぐ簡易的な避難場所として活用できるため、レジャー用途での実用性も高めています。
この機構により、マウンテンバイク仕様以外にも、スノーボード仕様や造園業仕様など、さまざまなニーズに応じた設定が可能となっています。用途に応じてアタッチメントを交換することで、一台で多様な作業に対応できる汎用性の高いトランスポーターとして設計されています。
マッドマスターCの走破性能を支える最も重要な技術が、「ハブリダクションシステム」です。このシステムは、ドライブシャフトとハブとの接合部分にギアを組み込むことで、類をみないほど高い最低地上高を確保しています。
具体的には、最低地上高370mmという驚異的な数値を実現しており、これは一般的な軽トラックの約2倍に相当します。この高い地上高により、岩場や深い轍、倒木などの障害物を容易に乗り越えることができます。
16インチオフロードタイヤの採用と合わせて、余裕の3アングル(アプローチアングル、デパーチャーアングル、ランプブレークオーバーアングル)を確保しており、本格的なオフロード走行が可能となっています。
このハブリダクションシステムは、従来のリフトアップとは異なり、車体の重心を上げることなく地上高を確保できるため、オンロードでの安定性も損なわれません。これにより、日常使いからオフロード走行まで、幅広いシーンで安心して使用できる設計となっています。
マッドマスターCは2007年の東京モーターショーで大きな話題を呼び、現在でも自動車ファンの間で語り継がれているコンセプトカーです。しかし、残念ながら市販化には至りませんでした。
市販化されなかった理由として、まず製造コストの問題が挙げられます。3面ガルウィングドア機構やハブリダクションシステムなど、革新的な技術を量産車に適用するには、相当なコストがかかると予想されます。また、軽自動車規格を超えるサイズであることも、日本市場での普及を困難にする要因となったでしょう。
さらに、当時の市場環境では、このような特殊な車両に対する需要が限定的だったことも影響したと考えられます。しかし、近年のアウトドアブームやキャンプ人気の高まりを考えると、現在であれば一定の需要が見込める可能性があります。
興味深いことに、マッドマスターCのコンセプトは、現在のピックアップトラックブームを先取りしていたとも言えます。フォード・レンジャーやトヨタ・ハイラックスなど、本格的なピックアップトラックが日本市場でも注目を集める中、コンパクトで実用的なマッドマスターCのようなモデルがあれば、独自のポジションを築けたかもしれません。
現在でも、SNSやカーメディアでマッドマスターCが取り上げられることが多く、その先進性と魅力は色あせることがありません。特に「カッコイイ」「今でも欲しい」といった声が多く聞かれ、時代を先取りしたコンセプトカーとして高く評価されています。
インテリアにも注目すべき点があり、インパネまわりには巨大な液晶マルチディスプレイが配置され、現在のデジタル化された車内環境を先取りしていました。また、撥水シートの採用により実用的な利便性も確保されており、アウトドア用途での使い勝手を重視した設計となっています。
ドア連動のオートステップも装備されており、高い車高にもかかわらず乗降性にも配慮された設計となっています。これらの細かな配慮が、単なるコンセプトカーではなく、実用性を重視した本格的な提案であったことを物語っています。
マッドマスターCは、ダイハツの技術力と創造性を示す象徴的なモデルとして、今後も語り継がれていくことでしょう。そして、いつの日か、このコンセプトを受け継いだ新たなモデルが登場することを期待したいと思います。