2024年問題に象徴される物流費上昇の背景には、複数の構造的要因が存在します。2023年の指数調査では、物流量が減少している一方で、売上高と物流コストが増加するという異例の現象が見られました。販売単価は前年度比で40ポイント上昇したものの、物流単価はこれを上回る37ポイントの上昇を記録。この乖離は、物流効率の低下と運送事業者の価格転嫁の進展を示唆しています。
2024年度の見通しではさらに深刻化が予測されており、物流コストの増加指数が63ポイントに達する見込みです。小口・多頻度配送の進行により、1件あたりの貨物量が過去30年で3分の1まで減少している一方、物流件数はほぼ倍増。この構造的な変化が、運送効率を著しく低下させ、単位あたりのコストを押し上げている現状があります。
参考リンク:日本ロジスティクスシステム協会が実施する物流コスト調査では、業種別・企業規模別の詳細データを提供しており、個別企業が自社の位置づけを把握するのに有用です。
貨物自動車運送業界は労働集約型産業で、営業費用に占める人件費が約45%を占めます。2024年6月の日銀短観による雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)はマイナス55と、過去最高の人手不足水準に達しました。特に重大な点は、この調査時点で「過剰」と回答した企業が1%のみであり、大多数の企業が人員不足と判断していることです。
2022年以降、物流業界の人件費は平均3.58%の賃上げ率を記録。これは物流の「2024年問題」を見据えて、人材確保・定着強化のための先制的な賃上げが実施された結果です。2018年の「宅配クライシス」時の賃上げとは異なり、今回の上昇は需給バランスに先行する形で進められました。この先行的な人件費上昇が、その後の運送料金引上げにつながり、最終的に物流費全体の上昇を招いています。
運輸・郵便業の所定内給与は、2013年から2022年までの9年間で1.71%から2.07%という緩やかな上昇を続けてきたのに対し、2023年には3.58%に急跳上。この急激な変化は、業界の構造的な危機感を反映しています。人手不足が続く限り、この高い賃上げ水準は継続せざるを得ず、物流コストの高止まり構造が形成されつつあります。
荷主企業による物流コスト上昇分の価格転嫁状況を見ると、2024年3月の調査で91.7%の企業が物流事業者から値上げ要請を受け、そのうち97.4%が応じています。特に輸送費に対する値上げ要請が最も多く、150社が受けています。この高い応諾率は、物流費上昇が避けられない事業環境の認識を示しています。
一方、企業から最終消費者への転嫁状況は、原材料費ほどには進展していません。日本商工会議所の調査によれば、原材料費等の上昇分を価格転嫁できている企業が56.6%であるのに対し、物流コスト増加分を転嫁できている企業は32.3%にとどまっています。しかし、内閣府の産業連関表を用いた試算によれば、道路貨物輸送の価格が10%上昇した場合、全体として0.2%程度の物価押上げ効果があると見込まれています。
食品メーカーの実例では、2024年における価格上昇要因として物流費が原材料高に次ぐ重要な要因になっています。飲食料品製造部門の物流費依存度が高いことから、食品価格への転嫁がより顕著になっています。
参考リンク:内閣府が公開する「2024年問題」による物流費上昇と物価への影響に関する詳細分析は、マクロ経済的な視点から物流費の波及効果を理解する上で参考になります。
https://www5.cao.go.jp/keizai3/monthly_topics/2024/1111/topics_074.pdf
運送業界の価格転嫁率は、全業種平均と比較して大幅に低い水準が続いています。中小企業庁の「価格交渉促進月間」フォローアップ調査では、2023年3月の全業種平均価格転嫁率47.6%に対し、トラック運送は21.1%にとどまりました。しかし、その後改善傾向を示し、2024年3月には32.2%に上昇しています。
この改善の背景には、政府による「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の策定(2023年11月)や、国土交通省による「標準的な運賃」の改定など、複数の支援策が機能していることが考えられます。ただし依然として全業種平均には及ばず、特に中小の運送事業者は価格転嫁が進みにくい構造が続いています。
日銀短観における運輸・郵便業の「疑似交易条件」(販売価格判断DI-仕入価格判断DI)を見ると、2022年以降改善傾向を示していますが、2020年から2021年にかけて大きく悪化した反動による改善であり、2018年ピーク時の水準には至っていません。多重下請け構造が価格転嫁を阻害しているという指摘もあり、業界内における不均等な利益配分の課題が顕在化しています。
2023年度における物流コスト適正化で最も効果が大きかった施策は「輸配送改善」(積載率向上、混載化、帰り便の利用、エコドライブなど)で、20社が回答しています。次に「在庫削減」(15社)、「輸配送経路の見直し」(9社)と続きます。これらの従来型の効率化策は、依然として重要な役割を果たしています。
興味深いことに、2024年度の実施予定物流施策では「物流デジタル化の推進」(AI導入、RPA導入、伝票電子化、物流情報システム導入など)が1位となり、18社が計画しています。次いで「物流の共同化」(9社)、「自動化・機械化の推進」(9社)です。物流事業者と荷主企業の双方が、単なるコスト削減から、デジタル化やシステム連携による根本的な業務改革へシフトしようとしている傾向が見られます。
特に注目すべきは、物流共同化による効率化を重視する企業が増加している点です。複数企業による配送の統合や、既存の物流拠点の共同利用は、個社単独では実現困難なコスト低下をもたらします。小口・多頻度化という構造的課題を解決するには、業界全体での協調が不可欠という認識が広がっています。
参考リンク:日本ロジスティクスシステム協会の調査報告書には、業種別・企業規模別の物流施策実施状況が詳細に記載されており、各企業のベストプラクティスを学べます。
https://www1.logistics.or.jp/news/news-2084/
これらの動向から明らかなのは、物流費の上昇が一時的な現象ではなく、業界全体の構造的な転換期を示しているということです。人口減少下での人手不足、小口・多頻度配送の進行、デジタル化への対応が同時並行で求められる中で、物流費の高止まりは避けられない状況が続くと予想されます。個々の企業がこの新しい経営環境に適応できるかが、今後の競争力を左右する重要なファクターになっていくでしょう。