ヤマハYZR750の開発は、1973年にFIM主催のフォーミュラ750がスタートしたことがきっかけでした。当初ヤマハは、アメリカ最大のモーターサイクルイベント「デイトナ200マイル」に350ccのTR-2プロトタイプで参戦していましたが、750ccマシン優勢の状況を受けて、本格的な750ccレーサーマシンの開発に着手したのです。
この開発プロジェクトでは、YZR500と並行して750ccの市販レーサーTZ750と、ワークスマシンのYZR750が同時に生み出されました。TZ750は、TZ350のエンジンを二基繋ぎ合わせることにより700cc 2ストローク並列4気筒を開発し、これをYZR500とほぼ同等のコンポーネントに搭載したという興味深い開発手法が取られています。
1974年のデビュー戦となったデイトナ200マイルでは、アゴスチーニとケニー・ロバーツがライダーを務め、TZ750のワークス仕様であるYZR750を投入しました。結果は見事なワンツーフィニッシュで、YZR750の圧倒的なポテンシャルを世界に知らしめることとなったのです。
YZR750の最も印象的な特徴は、その圧倒的なパワーとスピードです。1977年には700ccからフルスケールの750ccまで排気量をアップさせたフルモデルチェンジ版の0W31がデビューし、ヨーロッパや日本の鈴鹿8時間耐久レース、デイトナ200マイルで圧倒的な強さを見せつけました。
最終型のYZR750(0W46)は、最高出力160馬力、最高速度300km/hを超える驚異的な性能を誇っていました。2ストロークのロードレースマシンとしては、現在でも世界最大排気量を誇り、最高出力115ps以上を発生させていたのです。
このモンスターマシンの特徴として、以下のような点が挙げられます。
エンジンは、レギュレーション上TZ750のクランクケース周りを用いていましたが、シリンダーや排気系の改良で大幅に出力アップされた2ストローク748cc並列4気筒を搭載していました。
YZR750の歴史を語る上で欠かせないのが、ケニー・ロバーツによる数々の伝説的な勝利です。ヤマハ・インターカラーが施されたYZR750を駆るケニー・ロバーツのライディングにより、1978年のデイトナ200マイル勝利を始め、国内外のフォーミュラ750クラスで数々の栄光を勝ち取りました。
ロバーツがYZR750で見せたライディングは、まさに芸術的でした。300km/hを超える最高速度と160馬力のパワーを持つモンスターマシンを、まるで手足のように操る姿は多くのファンを魅了しました。特に1974年のデビュー戦でのワンツーフィニッシュは、YZR750の実力を世界に知らしめる記念すべき瞬間となりました。
しかし、このマシンを確実に乗りこなせたのは、ほんの一握りのライダーだけでした。あまりの速さとパワーから、多くのライダーがYZR750やTZ750に乗ることをためらったという逸話も残されています。ロバーツのような世界トップクラスのライダーでなければ、このモンスターマシンの真の実力を引き出すことは不可能だったのです。
YZR750の開発において興味深いのは、YZR500との密接な技術的関係です。フレームはYZR500(0W23)の基本骨格を用いて専用設計され、外装もYZR500と共通化することで市販TZ750と差別化されていました。
この共通化戦略により、ヤマハは効率的にワークスマシンを開発することができました。YZR500で培った技術とノウハウを750ccクラスに応用することで、短期間でトップレベルの競争力を持つマシンを完成させることができたのです。
また、YZR750はYZR500と並行して開発されたため、両マシンの技術的な相互フィードバックも行われました。750ccクラスで得られた高出力エンジンの制御技術や空力特性の知見は、後のYZR500の改良にも活かされることとなりました。
市販レーサーのTZ750/500といった派生モデルを生み出したマシンでもあり、多くのレーシングライダーにとって憧れの的となっていったのも、この技術的な優秀性があったからこそです。
YZR750の影響は、現代のバイク界にも深く根ざしています。2ストローク750ccという排気量は、現在でも多くのバイクファンにとって特別な意味を持っています。現代のスーパースポーツバイクの多くが1000ccクラスとなった今でも、YZR750の748ccという数字は伝説的な存在として語り継がれています。
技術的な面では、YZR750で培われた高出力エンジンの制御技術や軽量化技術は、現代のMotoGPマシンにも受け継がれています。特に、パワーバンドの急激な立ち上がりを制御する技術や、高速域での安定性を確保する空力技術などは、現代でも重要な技術要素となっています。
また、YZR750が活躍したフォーミュラ750世界選手権は1979年に終了しましたが、その後のスーパーバイク世界選手権やMotoGPの発展に大きな影響を与えました。レース規則の策定や安全基準の確立など、現代のモータースポーツの基礎となる多くの要素がこの時代に形作られたのです。
現在でも、YZR750やTZ750は世界中のコレクターやレストア愛好家によって大切に保存されており、その価値は年々高まっています。オリジナルの状態を保ったYZR750は、もはや博物館級の価値を持つ貴重な存在となっているのです。
ヤマハが生み出したこのモンスターマシンは、単なるレーシングマシンを超えて、バイク史上最も印象的なマシンの一つとして、永遠にその名を刻み続けることでしょう。