トヨタ86のワゴン仕様である「86シューティングブレークコンセプト」は、2016年にトヨタオーストラリアが企画・開発したプロトタイプモデルです。このプロジェクトは、86の優れた走行性能を維持しながら、日常使いでの実用性を大幅に向上させることを目的として始まりました。
シューティングブレークという名称は、もともと上流階級が狩猟(Shooting)に使用するために、クーペの後部にワゴンボディを追加した車両を指していました。現代では、クーペとステーションワゴンを融合したスマートな車両を表現する言葉として使われています。
開発担当者は「アクティブなカップルや、人とは違うものを求めるファミリー向けのセカンドカーにふさわしい上品な選択肢」と位置づけており、サーキット走行だけでなく週末の遠出にも対応できる車両として設計されました。
86シューティングブレークの最大の特徴は、初代86をベース車としながらボディ形状を大胆に変更した点にあります。ルーフラインが後方に向かって延長され、従来の2ドアクーペスタイルから実用的なワゴンスタイルへと変貌を遂げています。
この構造変更により、以下の改善が実現されました。
外観デザインでは、86らしいスポーティなフロントマスクを維持しながら、リアセクションを大幅に延長。水平対向エンジン搭載車特有の低いボンネットラインも継承されており、86のアイデンティティを損なうことなく実用性を向上させています。
86シューティングブレークは単なるデザインモックアップではなく、実際に高い運動性能を有していました。製作後には日本の開発チームによる厳格な走行テストが実施され、86本来の優れた操縦安定性を一切損なわない性能が確認されています。
テスト結果では以下の点が評価されました。
この性能確認により、86シューティングブレークは「感性と理性の両方で購入を決断できるクルマ」として位置づけられました。スポーツカーとしての魅力を保ちながら、実用車としての機能も兼ね備えた稀有な存在として評価されています。
86シューティングブレークは、2024年2月14日から5月6日まで開催されたトヨタ博物館の「エントランス特別展示」で日本初公開されました。この展示は多くの自動車ファンの注目を集め、86の新たな可能性を示すモデルとして高い評価を受けました。
展示期間中の来場者の反応は非常に好意的で、以下のような声が多く聞かれました。
この反響の大きさは、スポーツカー市場における実用性への潜在的なニーズの高さを示しており、今後の自動車開発における重要な示唆を与えています。
86シューティングブレークが市販化されなかった理由には、複数の要因が考えられます。まず、開発コストの問題があります。専用のボディパネルや構造部品の開発には莫大な投資が必要で、限定的な市場規模では採算が取れないと判断された可能性があります。
また、ブランド戦略上の課題も存在します。86は純粋なスポーツカーとしてのアイデンティティを重視しており、実用性を前面に出すことでブランドイメージが希薄化するリスクが懸念されました。
しかし、電動化が進む現代において、内燃機関スポーツカーの存在意義は変化しています。実用性を兼ね備えたスポーツカーは、より多くのユーザーに受け入れられる可能性があり、今後の市場動向によっては類似コンセプトの車両が登場する可能性も否定できません。
現在のGR86(2代目)は2.4リッターエンジンを搭載し、初代から大幅にパワーアップしています。このパワー向上により、ワゴンボディの重量増加を補うことも可能であり、技術的な課題はクリアできる状況にあります。
86シューティングブレークは、スポーツカーの新たな可能性を示した貴重なコンセプトモデルとして、自動車史に名を刻んでいます。その革新的なアプローチは、今後のスポーツカー開発における重要な参考事例となることでしょう。