月々の返済が安いほど、あなたが払う利息の総額は増えている。
残価設定型住宅ローン(通称「残クレ住宅ローン」)とは、将来の住宅売却想定価格である「残価」をあらかじめ設定し、住宅購入価格からその残価分を差し引いた金額のみを返済期間中に分割返済する仕組みです。自動車ローンの「残クレ(残価設定クレジット)」を住宅ローンに応用したもので、2021年頃から制度として整備が始まり、2025〜2026年にかけて急速に注目を集めています。
たとえば、5,000万円の住宅を購入する際に残価を2,000万円に設定すると、実際に返済する元金は残りの3,000万円となります。これにより、同じ金利・同じ返済期間でも月々の返済額が大幅に下がります。住宅価格が2000年度の約2,600万円から2023年度には約5,800万円と倍以上に高騰した背景の中で、この仕組みは「家賃並みの月額でマイホームを持てる」と注目されています。
この残価設定型住宅ローンを日本全国で提供する中核機関が、JTI(一般社団法人 移住・住みかえ支援機構)です。JTIは国土交通省とも連携しており、「住生活基本計画(全国計画)」(令和3年3月19日閣議決定)にも残価設定ローン等の活用推進が明記されています。つまり、国が積極的に後押しする制度という側面があります。
仕組みが始まる起点となるのが「残価設定月」です。これは、住宅ローン返済によって減少していくローン残高と、JTIが保証する残価額が初めて一致する時点を指し、借入から20〜25年後に訪れます。この残価設定月以降、借り手には次の3つの選択肢が生まれます。
「JTIによる買取保証があるから安心」というイメージを持つ方も多いですが、重要な点は、この買取保証はあくまで「ローン残高と同額での買取」であり、市場売却価格を保証するものではありません。また住宅ローン控除(年末残高の0.7%を最大13年間控除)は適用可能ですが、借り換えや返済額軽減オプション行使後の借入期間が10年未満にならないよう注意が必要です。
つまり残価設定型住宅ローンは「月々が安いローン」ではなく、「将来の出口戦略まで設計された、住み替えや売却を前提としたローン」です。この本質を理解することが第一歩となります。
一般社団法人移住・住みかえ支援機構(JTI)公式:残価保証と残価設定型住宅ローンについて(仕組み・オプション・対象住宅の詳細)
残価設定型住宅ローンは「誰でも・どんな物件でも使える」わけではない、という点が大きな落とし穴です。現時点でJTIが保証する残価設定型住宅ローンの対象は、JTI協賛の大手ハウスメーカーで建てた新築戸建の認定長期優良住宅のみに限定されています。
現在のJTI協賛住宅メーカーは以下の6社です。
つまり、中古住宅・マンション・一般的な建売住宅・中小工務店で建てた注文住宅はすべて対象外です。マンションについては「残価の設定が難しい」という理由から、現時点ではJTIの保証対象外であることがJTI自身によっても公式に示されています。
対象の金融機関も「日本住宅ローン・三菱UFJ銀行・楽天銀行」の3機関に限定されており、金利が最も安い金融機関を自由に選べるわけではありません。金利の選択肢が限られることで、通常ローンと比較して金利面で不利になるケースもあります。これは重要なデメリットの一つです。
また、認定長期優良住宅には取得後も義務が発生します。具体的には、10年に1回の定期点検と30年間で最低3回の点検が義務付けられており、メンテナンス費用と手間が継続的にかかります。一般的な住宅よりも建築コストが高くなる傾向があり、さらに認定申請費用や点検費用が加わるため、入居後のランニングコストが増しやすい点は覚えておきましょう。
加えて、JTIへの手数料として55,000円(税込)が発生します。オプション行使時にも手数料がかかるため、通常の住宅ローン契約と比べて諸費用が増える点も確認が必要です。
一方でポジティブな動きとして、住宅金融支援機構(JHF)が「特定残価設定ローン保険」を2026年3月に創設予定としています。これは、住宅の残価が想定を下回った場合の損失を保険でカバーすることで、より多くの金融機関が残価設定型住宅ローンを提供できるようにするための制度です。将来的には対象物件・対象金融機関が拡充されていく可能性があります。
国土交通省:残価設定型住宅ローンの供給促進のための住宅融資保険制度の創設(PDFでJHFの特定残価設定ローン保険の仕組みが確認できる)
月々の返済が抑えられることに目が行きがちですが、残価設定型住宅ローンには「総支払額が通常ローンより増える可能性がある」という重要な落とし穴があります。これが最も見落とされやすいデメリットです。
仕組みを整理すると、残価部分(例:2,000万円)は元本として据え置かれた状態が続きます。ローン期間中、この残価部分の元本は減りませんが、金利はかかり続けます。つまり、長ければ長いほど利息の支払いが積み重なっていくわけです。
日経新聞の報道(2026年1月)によると、金利が同じ年1.9%なら月々の返済額は通常の住宅ローン(35年元利均等返済)で約16万3,000円、残クレなら約13万8,000円と、約2万5,000円低くなります。しかし、残価部分に金利がかかり続けるため、最終的な総利息の負担は重くなる傾向があります。
具体的な数字で見てみましょう。借入4,000万円・金利1.0%・35年の条件の場合、通常ローンの月々の返済は約11万3,000円で総返済額は約4,750万円です。一方、残価を2,000万円に設定した残クレ住宅ローンでは月々返済が約5万8,000円前後と半分近くに下がりますが、総返済額は条件次第で約5,100万円前後になる可能性があります。月々は約5万5,000円安い一方で、総額では約350万円以上多く払うことになるのです。
また、残価設定型住宅ローンを提供する金融機関では、通常よりも金利が高めに設定されているケースもあります。JTIの指定金融機関の3行に限られるため、住宅ローン比較サイトで最安値の変動金利を探すような選び方が難しくなります。金利が0.1%違うだけで、3,000万円・35年のローンでは総返済額が約70〜80万円変わることを考えると、この差は決して小さくありません。
さらに深刻なのが金利上昇リスクです。残価設定型住宅ローンはもともと低金利が続くことを前提に設計された商品です。2024〜2025年にかけて日本銀行が利上げを行い、「金利のある世界」へ移行した現在、変動金利型を選んでいる場合は月々の返済額が増えると同時に、残価部分の利息負担も増加します。金利が上がれば住宅の買い手が減り、将来の売却価格も下落しやすくなる。つまり、「月々の返済が増えるのに、出口(売却価格)も悪くなる」という二重のダメージを受けるリスクがあります。
残価という数字は「確定した金額」ではない、という点も忘れてはいけません。設定される残価はあくまで将来の想定売却価格であり、不動産市況の悪化・周辺環境の変化・建物の老朽化・金利上昇などによって、実際の売却価格が残価を大きく下回ることも十分ありえます。その差額は自己資金で補填しなければなりません。総支払額のリスクが正しく認識できていれば、選択肢として検討できます。
SBI e-sportsファイナンス:残価設定型住宅ローンの仕組み・メリット・デメリット(シミュレーション事例や返済構造の説明が詳細)
リスクや注意点ばかりを見ていきましたが、残価設定型住宅ローンには条件が合えば大きなメリットがある制度でもあります。向いている人の特徴を正確に把握することが、適切な判断につながります。
最大のメリットはやはり月々の返済負担の軽減です。子育て中の教育費がかかる時期、起業や独立を控えて手元資金を厚くしておきたい時期など、「今は毎月の支出を抑えたい」というニーズに直結します。月々5万円の差額が出た場合、年間60万円・10年で600万円を教育費や資産運用に回せる計算になります。これは使えそうです。
オーバーローンリスクを回避できる点も見逃せません。住宅価格が下落して「売却価格がローン残高を下回る」オーバーローン状態になっても、買取オプションを行使すれば残価設定月時点のローン残高と同額でJTIが買い取ります。つまり、売却してもローンが残らないことが保証されています。通常の住宅ローンにはないこの保証は、住み替えを前提とするライフプランの方には大きな安心材料です。
収入が減るリスクへの備えとしても機能します。30歳で35年ローンを組むと完済は65歳です。多くの企業では55歳前後で役職定年を迎え、収入が大きく下がります。その後10年間、重い住宅ローンを支払い続けるリスクは現実的な問題です。残価設定型であれば、残価設定月以降に返済額軽減オプションを行使して月々の負担を大幅に下げることが可能です。
次のような特徴が当てはまる人には、特に適しています。
逆に、「終の住処として最後まで住み続けたい」「子どもに家を相続させたい」「資産として手元に不動産を残したい」という目的がある場合は、通常の住宅ローンを選んだほうが合理的です。残価設定型住宅ローンは「将来売却する前提が最初から組み込まれている」設計であり、長期居住・資産形成が目的なら利用するメリットが薄れます。
また、「JTIの買取価格がローン残高と同額」という保証はあくまで最低限の下支えです。立地が良く流動性の高い物件(駅徒歩5分以内・都市部・大手メーカー物件)であれば、残価設定月に一般市場で売却したほうが高く売れるケースも多くあります。JTIの買取オプションは義務ではないので、市場価格の方が高ければ使わなくても構いません。
SUUMO:残価設定型住宅ローンの仕組み・メリット・注意点の解説(ライフスタイルに合わせた選び方の視点が整理されている)
残価設定型住宅ローンを検討する上で、多くの記事が取り上げない独自の視点から重要な確認ポイントを整理します。月々の返済額や仕組みだけを比較しても、人生設計全体の中でこのローンが「機能するか・機能しないか」は別の問題だからです。
①「残価設定月」を具体的な年齢で想像できるか
借入から20〜25年後が残価設定月です。35歳で借りれば55〜60歳、30歳なら50〜55歳に選択を迫られます。この年齢の時、自分の収入・健康・家族構成・住まいへの希望はどうなっているかを具体的に考えてみてください。「その時に考える」では遅い設計のローンです。
②「残価割れ」が起きた場合の自己資金があるか
想定残価2,000万円に対し、実際の売却価格が1,500万円だった場合、差額の500万円は自己負担です。東京23区でも、最寄り駅から徒歩20分超の立地や再開発が止まったエリアでは、築20年以降に価格が大きく下落する事例があります。残価割れリスクをカバーできる金融資産の余裕があるかどうかを確認しましょう。
③ 住宅ローン控除との組み合わせ方
残価設定型住宅ローンも通常の住宅ローン控除(年末残高の0.7%・最大13年)が適用されます。ただし注意点があります。返済額軽減オプションを行使して「新型リバースモーゲージ」に切り替えると、借入性質が変わり控除が継続されない場合があります。また、長期優良住宅なら住宅ローン控除の借入限度額が4,500万円(2024年入居の場合)と優遇されるため、認定取得のメリットはローン控除面でも活かせます。税務上の扱いについては必ず税理士や金融機関に確認することが必須です。
④ 「賃貸に出す」という選択には大きな制限がある
転勤などで一時的に家を空ける場合、通常なら賃貸に出すことを検討しますが、JTIの残価設定型住宅ローンを利用している場合はJTIのマイホーム借上げ制度以外での賃貸が禁止されています。自由に賃貸運用できないため、空き家リスクが生じる局面では選択肢が大幅に狭まります。JTIのマイホーム借上げ制度には通常50歳以上という年齢制限もあります(一定条件下で50歳未満も可)。
⑤「出口」の絵が3パターン描けるか
残価設定月を迎えた時に取れる選択肢(買取オプション・返済額軽減オプション・再ローン・一括返済)のそれぞれについて、「自分はどの状況でどれを選ぶか」を3パターン以上イメージしてから契約することが理想です。「その時の状況次第」という発想で組んでしまうと、残価設定月に想定外の状況が重なった際に追い詰められるリスクがあります。
これら5つの確認ポイントをクリアできると感じるなら、残価設定型住宅ローンはあなたのライフプランに有効な選択肢となります。一方、どれか一つでも「よく分からない」と感じる部分があれば、通常の住宅ローンとの比較を改めて検討する余地があります。JTIの公式サイトでは郵便番号を入力するだけで簡易的な残価条件シミュレーションができるので、実際の数字を見ながら検討するのがおすすめです。
JTI 残価設定型住宅ローン利用者フォーラム:郵便番号だけで試算できる残価条件シミュレーション(借入額・残価額・月々の返済額の変化を確認できる)
国土交通省:住生活基本計画(全国計画)(残価設定ローン等の活用推進が政策として明記されているP.15参照)