後ろ足で思いっきり蹴るほど、スタートで1歩分損しています。
「よーい、ドン!」の合図と同時に後ろ足で思いっきり地面を蹴る——これは多くの人が小学校の体育で習う方法です。しかし実は、この「後ろ足蹴り」こそがスタートで出遅れる最大の原因になっているのです。
スタート姿勢をとった段階で、後ろ足はすでにほぼ伸び切った状態になっています。伸び切った足をさらに伸ばして蹴っても、前に進む力はわずかしか生まれません。陸上アカデミアの内川コーチによると、「後ろ足で余計な1歩を刻んでいる間に、前足に力を入れた選手にスルリと抜かれてしまう」という状況が生じると言います。
つまり後ろ足蹴りはダメです。
では正しいやり方は何かというと、「前足の膝抜き」です。前足は重心のほぼ真下にあり、しっかり曲がった状態にあります。この前足の膝をスッと抜く(力を抜いて重心を前に倒れ込ませる)ことで、大玉転がしを坂道に置くように重心が勝手に前に転がり出します。
ただし、前足を全力で伸ばしてジャンプするのは別の話です。力任せに伸ばすと、ポーン・ポーンと上に弾む走りになってしまい、前に進む効率が落ちます。膝を「抜く」イメージは、抜重(ばつじゅう)、つまり力を入れるのではなく自然に体重を前へ落とす感覚です。陸上日本代表・多田修平選手のスタートを分析しても、1歩目でこの膝抜きが確認できます。
| スタート方法 | 特徴 | 問題点 |
|---|---|---|
| 後ろ足を蹴る(NG) | 9割の人が無意識にやっている | ほぼ伸び切った足を蹴っても前進量が少ない |
| 前足を全力で伸ばす(△) | 前足の力は使えている | 上方向への跳びになり、前への加速が弱まる |
| 前足の膝を抜く(◎) | 重心が自然に前へ倒れ込む | なし。2歩目・3歩目が素早く出せる |
練習方法として、その場で気をつけの姿勢から「前に倒れ込む感覚」を体験しておくと習得が早まります。倒れそうになって踏み出す足、それが理想のスタート1歩目の感覚に近いですね。
陸上アカデミア:スタートは後ろ足を蹴るのではなく前足の膝を抜くという解説ページ
スタートの良し悪しは、走り出す前の構えの段階でほぼ決まります。これが原則です。
まず「位置について」の合図で行う姿勢づくりの手順を整理します。頭からかかとまで1本の棒をイメージするようにまっすぐ立ちます。この段階で腹圧を高めておくことが重要で、おへその下あたりに力を入れるイメージです。腹圧を意識することで体幹が安定し、スタート後の上半身と下半身の連動がスムーズになります。
次に肩を後方にゆっくりクルっと一回転させてリラックスさせます。腕振りをダイナミックに動かすためには、スタート前の肩の緊張をほぐしておくことが条件です。肩が力んだ状態では、腕のスイングが小さくなりピッチが落ちてしまいます。
そして後ろ脚を後方に引きます。このとき背中が丸まらないよう注意が必要です。猫背になると地面への力の伝達が弱まります。後ろ脚を引くと同時に上半身を前に倒し、後ろ脚のつま先から頭まで一直線のラインをつくるのが理想のフォームです。
目線はどこを向くのが正解でしょうか?
スタート時の目線は、自分の2歩目が着地するあたり——地面の約3歩先——を見るのが基本です。足元ばかり見ると猫背になり、逆にまっすぐ前を見ると上体が起きすぎて前傾姿勢がとれません。走り出してからも最初の10mはその目線をキープし、徐々に前に上げていきます。
手の構えについては、片方を引いて構える方法と、腕をブランと下げておく方法があります。陸上部の選手には、実際のクラウチングスタートに近い動かし方にするため「腕をブランと落とす」ほうが推奨されています。これは意外ですね。構えた時点で腕に力を入れると、号砲への反応が遅れる原因にもなります。
スプリントアカデミー静岡:スタンディングスタートの構え方と「SETで決まる」という解説ページ
スタートを切った後、最初の10〜30mの「加速局面」がレース全体のタイムを大きく左右します。いくら構えが良くても、走り出し後に姿勢が崩れると加速が止まってしまいます。
加速局面で最もやりがちなミスが、スタート直後に上体を起こしてしまうことです。「前が見たい」「前に進みたい」という気持ちから早々に上体を立てると、地面を後方へ押す力が抜けてしまいます。理想は、走り出し直後から約20〜30m付近まで前傾姿勢をキープし続けることです。
前傾の角度は、後ろ脚のつま先から頭まで一直線になる角度が目安です。これはちょうど斜面のような体の角度で、重心が前に転がり続ける状態をつくります。この角度が維持できれば、自分の体重を「推進力」として使え続けることができます。
低い姿勢をキープするのが条件です。
ただし、低くしようとするあまり、腰だけ落としたり上半身だけ前に倒した「前屈姿勢」になるのは逆効果です。腰が折れてお辞儀のような姿勢になると、蹴った力が全身に伝わりません。正しい前傾は、頭・背中・腰・かかとが1本の棒のように斜めに伸びたフォームです。
加速局面の足の動かし方でも注意点があります。スタート直後は小刻みなピッチ(歩数)を意識します。一歩目を大きく踏み出そうとすると上体が起き、スピードに乗れなくなります。最初の2〜3歩は地面を水平に蹴るイメージで、足の通過点を地面スレスレに保つことが重要です。これにより腰が不必要に上下しなくなり、前への推進力が増します。
腕振りも加速を助ける重要な要素です。肘を後方に強く引くことで、反対側の足が自然に前に出ます。手の握り方については、小指を軽く握ることで腕の可動域がスムーズになり、腕と脚の連動が高まると言われています。これは東京オリンピック代表・飯塚翔太選手が小学生への走り方教室で実際に指導したポイントです。
スポーツナビDo(ロンドン五輪代表・横田真人氏監修):スタンディングスタートの正しいフォームと足の運び方
「どちらの足を前に出すか」という疑問は、スタンディングスタートを始めたばかりの人が必ず抱く問いです。結論は、利き足を後ろに引いて蹴り足として使うのが基本です。
利き足の確認方法は非常にシンプルです。気をつけの姿勢でその場に立ち、そのまま何も考えずに走り出してみます。このとき咄嗟に後ろに引いた足が、あなたの利き足です。この動作は反射的に行うので、思考なしに自然な利き足が判明します。利き手と利き足が必ずしも同じとは限らないので、この確認は重要です。
手と足の前後関係も多くの人が間違えやすいポイントです。これは使えそうです。
右足を後ろに引いた(右足が利き足)場合、前に出す腕は右腕です。同じ側の手と足を前に出してしまうと、スタート時の1歩目の動き出しが鈍くなります。手と足が逆になることで、体のひねりが生じてリズムよく走り出せる仕組みになっています。
足の広さ(スタンス)については、広すぎても狭すぎても加速が落ちます。一般的には、足を前後に半歩〜1歩分ほど開いた位置が目安です。ただしスタンスの最適幅は個人の体格や柔軟性によって異なるため、自分が最も力を前に伝えやすいポジションを練習で探していくのが近道です。
重心については、前足の半分より前にかけるイメージを持つことが重要です。体重が後ろに残っていると、スタートで上体が遅れて出ることになり、加速に乗るまでに余計な時間がかかります。前足に体重をかけながら、「今にも倒れそう」という状態をつくる感覚が正しい重心位置です。
αランナーズ:利き足の決め方と立ち幅跳びの姿勢を応用したスタンディングスタートの解説
これはほとんどの解説記事には載っていない視点ですが、スタンディングスタートの精度がクラウチングスタートの出来を直接左右します。
陸上の短距離競技では、レースではスターティングブロックを使ったクラウチングスタートが使われます。しかし実際の練習では、ウィンドスプリント(流し)・セット走・ドリル・ミニハードル走など、1日に何十回もスタートを繰り返します。その大半がスタンディングスタートです。クラウチングスタートよりも圧倒的に使用頻度が多いのです。
スタンディングスタートのクセは、クラウチングスタートにそのまま出ます。
つまり、練習中のスタンディングスタートを「本番じゃないから」と雑に出てしまうと、悪いフォームが反復されて身体に刻み込まれていきます。特に技術を習得しやすい中学生・高校生の時期にこれが起こると、修正に何倍もの時間がかかります。
スタンディングスタートはクラウチングスタートの「ひな型」でもあります。クラウチングスタートと比べると股関節の角度が浅いぶん、必要なエネルギーが少なく済むため、少ない疲労でスタートの基本技術を繰り返し習得できます。椅子から立ち上がるほうが床から立ち上がるより楽なのと同じ原理です。
また、スターティングブロックを使わない分、後ろ脚の「引き出し」動作の習得にも適しています。ブロックがないと自分で能動的に後ろ脚を引き出すしかないため、脚の動かし方の意識が高まります。この後ろ脚の引き出しの上手さが、クラウチングスタートの飛び出しにも直結します。
スタンディングスタートを1本1本丁寧に出ることが、長期的なタイム短縮への最短ルートです。練習の質を上げたい場合、各スタートのフォームを動画撮影して確認するのも効果的な方法のひとつです。スマートフォンのスロー再生機能を使えば、自分のスタート姿勢や重心位置を客観的に確認できます。
スプリントアカデミー静岡:練習中のスタンディングスタートを正しく行うべき3つの理由