アトラスが背負っているのは地球ではなく、星座が刻まれた"現存最古の天球儀"です。この1つの事実を知るだけで、万博のイタリア館体験がまったく別の深みを持ちます。
ギリシャ神話において、アトラスはティタン神族の一柱です。古代ギリシャ語では「Ἄτλας(アトラース)」と表記され、その名の意味は「支える者」「耐える者」、あるいは「歯向かう者」とも訳される古印欧語に由来します。名前そのものが、彼の宿命を語っているようです。
アトラスはティタン神族の中でも特にリーダー格として戦いに臨みました。舞台は「ティタノマキア(Τιτανομαχία)」と呼ばれる、古い神々(ティタン族)と新しい神々(オリンポス神族)の間で繰り広げられた10年間の宇宙規模の大戦争です。最終的にはゼウスを頂点とするオリンポス神族が勝利を収めます。
つまり宿命です。
敗れたアトラスに、ゼウスは他のティタン族とは異なる特別な罰を与えました。その罰は「世界の西の果てに立ち、永遠に天空を双肩で支え続けること」です。ゼウスはアトラスの圧倒的な力をそのまま刑罰に転化したわけです。痛いですね。
彫刻に描かれるアトラスの表情には、筋骨隆々の肉体でありながら、重さに耐えかねた苦悶が滲んでいます。神でさえ逃れられない罰として、ギリシャ人はこの姿に「権力への反抗がもたらす代償」という教訓を込めたと考えられています。
アトラスの物語はこれだけで終わりません。英雄ヘラクレスが「ヘスペリデスの黄金のリンゴ」を手に入れようとした際、アトラスと一時的に「天空を持ち替える」という取り引きをしたエピソードも有名です。また、英雄ペルセウスがアトラスに宿泊を断られた怒りから、メデューサの首を見せてアトラスを岩山に変えたという伝説も存在し、その岩山が現在のアフリカ北西部に実在する「アトラス山脈」の起源とされています。これは意外ですね。
参考:ギリシャ神話のアトラスと各エピソードの詳細解説
アトラース - Wikipedia
アトラスの影響は神話の世界を大きく超えて、現代の日常語にまで及んでいます。これが基本です。
まず「大西洋(Atlantic Ocean)」です。英語名の "Atlantic" は「アトラスの海」を意味します。アトラスが立つとされた「世界の西の果て」の地が、ギリシャ人にとってはヨーロッパの西に広がる海域を指していたからです。
次に「地図帳(Atlas)」という言葉です。これはフランドル(現ベルギー)出身の地理学者メルカトルが、1602年に出版した地図集に初めて「アトラス」という名を冠したことに始まります。メルカトルは「天球を支えるアトラス」のイメージを地図帳のシンボルに採用しました。以来400年以上にわたって「アトラス=地図帳」という意味が世界中で定着しました。これは使えそうです。
さらに謎の大陸として知られる「アトランティス(Atlantis)」も、アトラスに由来します。古代ギリシャ語の「Ἀτλαντὶς νῆσος(アトランティス ネーソス)」は「アトラスの島」を意味します。哲学者プラトンが紀元前360年頃に著した『クリティアス』で語られたこの伝説は、アトラスを「アトランティス王国の最初の王」として位置づけており、神話と地理が複雑に絡み合っています。
また、解剖学においても「環椎(かんつい)」——頭蓋骨を支える首の第一頸椎骨——は英語で "Atlas"(アトラス)と呼ばれます。天空を支えるアトラスの姿に見立てた命名です。1体の神話上の巨人が、地理・地図学・地質学・解剖学など複数の学術分野に名を残している例は他に類を見ません。
2025年大阪・関西万博で最大8時間待ちを記録したイタリア館の目玉展示、それが《ファルネーゼのアトラス》(Atlante Farnese)です。西暦150年頃、古代ローマのアントニヌス朝時代に制作されたとされる大理石彫刻で、高さ約193センチ(約2メートル)、重さ2トンという巨大な像です。
「ファルネーゼ」という名称は制作者の名前ではありません。1562年にルネサンス期のイタリアの名門貴族ファルネーゼ家がこの像を入手し、ローマのファルネーゼ宮殿の「アトラスの間」に設置したことに由来します。その後1786年、ブルボン家の支配下でナポリに移され、現在もイタリア南部のナポリ国立考古学博物館(MANN)に所蔵されています。
複製は存在しません。
この像の見た目の特徴は、長いマントをまとい、膝を大きく曲げ、上半身を屈めながら両手で巨大な天球儀を支えるアトラスの姿です。顔には深い苦悶の表情が刻まれており、神話的なドラマと人間的な苦しみの表現が見事に融合しています。360度どの角度から見ても異なる発見があり、マントの質感、筋肉の描写、そして表情の細部まで古代ローマの職人技術の粋が凝縮されています。
万博期間中、イタリア館のために1万キロ(ナポリから大阪)の距離を約10日かけて飛行機とトラックで慎重に輸送されました。像全体を専用の箱で包み、輸送中の微細な振動でさえも像を傷つけないよう、輸送業者と美術専門家が綿密に協議した上での大移動でした。アジア初公開という歴史的な瞬間でもありました。
参考:ファルネーゼのアトラスの詳細な来歴と天球儀の解説
ファルネーゼのアトラス - Wikipedia
《ファルネーゼのアトラス》が単なる美術品にとどまらない最大の理由は、アトラスが担ぐ天球儀に刻まれた星座図にあります。これこそが、天文学史において現存する最古の古代ギリシャ星座図です。これだけ覚えておけばOKです。
天球儀とは「星空を球体に描いた模型」のことで、地球儀が地球を表すのに対し、天球儀は宇宙(星空)を表します。《ファルネーゼのアトラス》の天球儀には41の星座が浮彫りで描かれており、黄道十二宮・南北の星座・赤道・黄道・子午線などが緻密に刻まれています。これはプトレマイオスの天文学理論に基づくものとされています。
特筆すべきは、この星座の配置が紀元前129年頃に古代ギリシャの天文学者ヒッパルコスが作成した星図に基づいている可能性があると、天文学史の専門家が指摘している点です。もしそうであれば、像そのものは西暦150年製でありながら、刻まれた情報は紀元前の宇宙観を伝えていることになります。
さらに驚くべき事実があります。この像以降、古代ギリシャの星座が図示されている資料としては、964年に書かれた『星座の書』以外に知られていません。つまり《ファルネーゼのアトラス》と964年の著書の間には、約800年という天文記録の空白が存在するのです。
この天球儀はその後、16世紀オランダで制作された天球儀のモデルにもなりました。古代の宇宙観が中世を経て近世の地図制作に受け継がれていく連鎖の、まさに起点に立っているのが《ファルネーゼのアトラス》です。東京ドーム約2個分の星々を、球体という3次元に刻み込んだ職人の技と、古代人の宇宙への想像力の大きさに、思わず息を呑みます。
参考:天球儀の構造と古代星座図の天文学的価値
【万博】"ファルネーゼのアトラス"に刻まれた古代の宇宙観 - note
大阪・関西万博の閉幕後、《ファルネーゼのアトラス》の旅は終わりませんでした。日伊国交160周年を記念した特別展「天空のアトラス イタリア館の至宝」として、2025年10月25日から2026年1月12日まで大阪市立美術館(大阪市天王寺区)で展示が継続されました。
万博では6時間・8時間という待ち時間に断念した方も多かった中、この展覧会では予約さえすれば落ち着いた環境で像の間近に立てるという朗報でした。所要時間は約1時間程度で、じっくりと鑑賞できる環境が整っていました。いいことですね。
展示は3つのテーマ「神話と宇宙」「信仰と交流」「英知と創造」で構成され、《ファルネーゼのアトラス》のほかに、レオナルド・ダ・ヴィンチの「アトランティコ手稿」とペルジーノの「正義の旗」も展示されました。「正義の旗」はイタリア国外での展示がこの万博・特別展が初という、こちらも歴史的な展示です。
注目の「アトランティコ手稿」は、ダ・ヴィンチが40年以上にわたって書き続けた最大の手稿集で、全1119葉(ページ)にも及びます。万博のイタリア館テーマ「芸術が生命を再生する(L'Arte Rigenera la Vita)」の体現そのものとも言える展示構成でした。
万博の盛り上がりを一時的なイベントで終わらせず、文化的な継承という形で次の世代に手渡す——このイタリアのアプローチは、1900年前に作られた像が現代にまで語りかける姿勢と見事に重なります。万博が終わっても、アトラスが担ぐ宇宙の記憶は残り続けます。
参考:特別展「天空のアトラス イタリア館の至宝」の展示内容詳細
大阪市立美術館 特別展「天空のアトラス イタリア館の至宝」開催情報 - PR TIMES